・亡霊ドラゴン・サイネリアとレッツフュージョン! - 幻惑の世界 -
「あれ……?」
ところが――
祭壇のある部屋に入ると、俺はアイギュストスに戻っていた。
遠い波の音と、どこからともなく聞こえてくる街の喧騒の中を、夕日に照らされながら歩いていた。
「ここ、どこだ……? なんでこんなところに……」
見覚えのある通りを求めて、暗く入り組んだ路地裏をただ進んだ。
この潮風の香りは確かにアイギュストスの匂いだ。
あの賑やかな喧騒も、日光の輝きも、空の色も。
しかし進んでも進んでも、裏路地の先は裏路地だった。
俺は迷路のような暗がりの道をさまよい、今さら引き返しても仕方がないので、とにかく細い道を進み続けた。
「なんだ、あの店……?」
進むと、一際目立つ店を見つけた。
それは何か特別な感じのする店で、暖かなオレンジ色の光が裏路地の暗がりへと漏れていた。
「すみません、ごめんください。……あ、あれっっ!?」
店に入った。
そうするとそこは、さっき見た大宝箱のある祭壇だった。
・
「ビックリした! ニコラス、あなた突然消えるんだもの!」
「ドラゴンすら、幻惑の世界に引き込むなんて……。凄いお宝……」
さっきまでのは幻だった。
その原因はあの宝箱の中身らしい。
俺たちはサイネリアちゃんの背中を追って、祭壇の大宝箱の前に立った。
近付いてみるとその宝箱は、まるで陽炎のように揺らめいて見える。
「鈴ね。幻惑の鈴って呼んだところかしら……?」
「これ、なんか人を惑わす力が強すぎないか? 外に持ち出しても、大丈夫なんだよな……?」
ルピナスちゃんが宝箱を開けて、俺の言葉に迷うこともなく鈴を手に取った。
それは飾り紐に7つが結びつけられた青色の鈴束で、ルピナスちゃんが手に取るとシャンッと幻想的な音色を響かせる。
「あ、モヤモヤの歪み、消えた……」
「ニコラス、これはあなたが持ってて。こういうの、なんだか壊してしまいそうで怖いもの」
ドラゴンって、やっぱり人間と感覚が違うんだなと思った。
ルピナスちゃんたちからすれば、この世界は砂で作られた泥団子みたいな物なのだろうか。
「そんなの気にし過ぎじゃない?」
「そうだけど、これでやっとお店屋さんを持てるかもしれないのよ? 壊すわけにはいかないわ……」
「ふーん……。あ、近くで見るとガラスみたいに少し透けてるんだな……」
「結構、綺麗……。もっと鳴らしてみて……?」
また身体を奪われたくないし、素直というか至急速やかに従った。
「でもこれ、さっきの幻からして思うんだけど……大丈夫かな? お客さんが迷いに迷って、店にたどり着けないなんてことにならないよな……?」
つい癖になるような美しい音色だった。
油断をするとさっきの幻想的な裏路地にまた迷い込んでしまいそうな、人を魅了してやまない不思議な魅力を感じた。
「アーティファクトの調整なら、任せて……。身体、また貸してくれたら、お肉の冷凍もできるよ……」
「魅力的な申し出だけど、もう2度と君には身体なんて貸さないってのっ!」
「そんな……。ボク、ニコラスの身体、気に入ってたのに……」
「ニコラスならやさしいから大丈夫よ。さ、みんなところに帰りましょ」
「いいやこればかりは絶対嫌だっ!」
そうか、今日からまた厄介なドラゴンが1体増えるのか……。
俺たちは道を引き返し、コートを回収して地上へと戻ると、遙かなる大空へと舞い上がった。
幻のように透ける巨竜フリーズドラゴンと共に、俺たちは暖かな南方アイギュストスへの帰路へとついた。
帰国はその日の日没前だ。
海はちょうど干潮時で、そこにある南北を繋ぐ白砂の道に、諸事情により人型へと戻っていたサイネリアちゃんが感動の声を上げていた。
人に断りなく、わざわざ俺の声帯からな……。
俺たちは自宅上空までやってくると、立派な天幕がそびえる我が家の庭先へと降り立った。