・氷竜は動かない。もとい動けない
「本当にここ……? 誰もいないわよ?」
「さ、寒っ……。レ、レーダァはここだって言ってるけど……雪しかないな……」
いつもみたいにあっさりと見つかるかと思えば、俺たちは雪山の山腹に滞空することになった。
そこはどこを見回しても雪、雪、雪で、人里の影すらもないド辺境オブド辺境だった。
「でも、このままになんてしておけないわ……。きっと、この雪の中のどこかにいるのよっ」
「そう言われたって、あの雪を掘り返すわけにもいかないし……」
「あたしが雷を落として、雪を全て解かすというのはどうかしら?」
「それ下手すりゃ雪崩になるっての……っ!!」
「え? たかが雪崩でしょ、ダメなの?」
「ダメに決まってるでしょ……っ。あっ、そういえばだけどルピナスちゃんの時は、地下空洞の中だったね」
「それだわっ、入り口を探しましょ!」
え、本気でこんなところの地下に降りる気なの……?
なんて突っ込むような暇はなかった。
地下空洞があっさりと見つかって、あっという間にその前に着陸することになったからだ。
ルピナスちゃんはあの可憐な人柄に戻り、こんな雪山だというのにいつもの服装でケロリ平然としていた。
ドラゴンたちは、寒さにも強過ぎだった……。
「ぶえくしょぉぉーいっっ!!」
「何よ、だらしないわね」
「いやいや、君らが異常に頑丈過ぎるだけだっての……っ」
空洞の中の方がまだ暖かそうだったので、俺たちは凍り付いた地下道を滑るように進んだ。
明かりはルピナスちゃんが電撃の球を作って照らしてくれた。
……ちなみにアレに触ったらたぶん、俺は死ぬ。
ドラゴンたちとの生活は、比喩抜きで死の危険と隣り合わせだ。
いやマジで。
「見てっ、奥は氷の洞窟よ! それに綺麗っ、この氷凄く透き通ってるわ……!」
「ヒェッ?! そ、それを持っていきなり振り返らないでよっっ?!」
鼻先に超電圧のサンダーボールが突きつけられて、俺は背筋が凍った……。
「何よ、こんなのちょっとピリッとするだけじゃないの」
「死ーぬーっっ!! 即と書いて死っ、即死するってのっっ!!」
「ふふふ、大げさね。きっとニコラスなら大丈夫よ」
ルピナスちゃんは全然、わかっていなかった……。
超電圧をその身に受けたら人間は即死するという事実を、これっぽっちも理解してくれなかった……。
俺たちはまた進んだ。
ルピナスちゃんを先頭に距離を保ちつつ、氷の洞窟を進んでいった。
驚くべきことにその氷は乗っても滑らなかったし、しかしそれでいて怖ろしく冷たかった。
「たぶん、その先。その角を曲がったところが座標だよ」
「あたし、なんだか嫌な予感がしてきたわ……」
「それはこの雪山に着いた時点で、俺が感じてたやつだと思う……」
氷の洞窟の角を曲がった。
するとその先は大きく拓けていて、その奥には氷の壁が高々と立ちはだかっていた。
ドラゴンも人の姿もどこにもない。
最初はそう勘違いしてしまった。
だがレーダァが指し示す座標が、その氷の向こう側なのだと気づくと、俺は頭上を見上げることになった。
巨竜だ。
怖ろしく透明度の高い氷の壁の中に、俺たちは氷漬けの巨竜を発見していた。
「で……でっかぁぁぁーっっ?!!」
「これは、古代の、フリーズドラゴン……? こんなところで眠っていたの……?」
そいつはストームドラゴンを超えるほどに巨大な竜だった。
全身から氷柱のようなトゲがびっしりと生え揃った、肉食竜を連想させる超ヤバそうなやつだった……。
「フリーズドラゴンッ、聞こえるっ!? あたしはストームドラゴンッ、あなたと同じドラゴンよっ! 生きているならお願いっ、答えてっ!!」
「いやどう見たってこれ、答えられる状態には見えなくない?」
氷に閉じ込められている状態で口を動かせたら、こんなところで氷漬けになっていたりなんてしないと思うし……。
「生きてるのかな、これ……」
「生きているわ。フリーズドラゴンは氷の竜よ、凍死なんてするわけないわ」
「そういうものなんだ……。でもどうしよう、これじゃラーメンも食べさせられないよ?」
ラーメンを食べれないということは、テイム不能だということだ。
すると突然何を思ったのか、ルピナスちゃんは剣を身構えて、その圧倒的膂力で剣を氷に叩き付けた。
だが壁はひび割れすら起こさず、かすかに刃がめり込んだだけだった。
「この氷、普通の氷じゃないわ。永久氷晶よ……」
「なにそれ?」
「通常の方法では絶対に溶けない氷よ」
「つまり、救助不能ってこと?」
「そうね……。そうなってしまうわ……」
自分で答えておいて落ち込んでしまうところが彼女らしい。
城のようにそびえるフリーズドラゴンは、俺たちの前で永遠に時を止めたままだ。
「どうにかならないの?」
「あたしには全くわからない……。ここは気に食わないけれど、カオスを頼りましょ……。こういうのは、カオスの方がずっと得意だもの……」
「じゃ、こんなところさっさと出よっか。……フンギャァァァーッ?!!」
正面には氷漬けの巨竜!
そしてさあ帰ろうと後ろを振り返れば――
後方に、氷の中にいるはずの巨竜!
俺は悲鳴を上げて氷壁まで後ずさり、さらにはその異常な冷たさにまた悲鳴を上げて、しばし床の上でのたうち回った!
「何をやってるのよ……。よく見なさい、あれは霊体よ」
「お、俺……こんなでかい幽霊見たの、初めてだわー……。ああ、ビックリしたぁ……」
暴れる心臓を落ち着かせながら、氷の床から立ち上がった。
「フリーズドラゴンね。あたしはストームドラゴン、今はルピナスと名乗っているわ。あたしはあなたから見て、後の時代の竜よ」
「え、えっと……どうも、ラーメン屋でーす? いえーい……?」
「これはニコラス。世にも珍しいドラゴンテイマーにして、ラーメン作りの天才よ」
「これ扱いかよっ!?」
ルピナスちゃんが説明をしてもフリーズドラゴンは何も答えなかった。
だが俺なんかに興味があるのか、そのクソ迷惑なほどに巨大な顎をこちらに近付けてきた。
……超ド迫力に悲鳴が漏れたのは秘密だ。
「フリーズドラゴン、あなたがここから抜け出す方法が1つだけあるわ」
「え、そうなの? さっき無理って言ったじゃん?」
「このニコラスを使うのよ!」
「え、なんで俺っ!?」
「彼と契約を結ぶのよ。そうすれば身体はここから取り出せないけれど、魂はあたしたちと一緒に行動できるわ」
あ、なるほど。
俺ってそういやドラゴンテイマーだったっけ。
「お願い、力を貸して! 一緒にドラゴンの栄光を取り戻すのよっ! 散り散りになった仲間を、カオスドラゴンはもう1度集めようとしているのっ!」
人類としてそれを見過ごすことが正しいかどうかはわからない。
けどそんなの関係ないし、ルピナスちゃんたちの好きなようにすればいい。
俺は彼女やマリーを信じている。
フリーズドラゴンは俺の目の前に寄せていた頭を、まるで従うかのように深く下げた。
応じるということだろうか。
ならば、ちゃっちゃとやるべきことをやってしまおうか。
「フリーズドラゴンよ、ドラゴンテイマー・ニコラスとして命じる。もしもお前がドラゴンたちの栄光を取り戻したいと願うのならば、ニコラスへの服従をその魂に誓え!」
言葉は氷窟に反響し、声量を上げれば上げるほど大きく広がった。
「俺は人間だが――このルピナスちゃんたちを信じている。いや細かいことはいいから、これから俺と一緒にラーメン屋をやろうぜっっ!! 絶対楽しいってっ、保証するっ!!」
返事は返ってはこなかった。
だが巨竜はみるみるうちに縮んでゆき、契約成立の証拠として人型へと変化した。
それは冷たい水色の髪をしたショートカットの小柄な女の子だ。
しかし霊であることは変わらないようで、それは全身透け透けの丸見えボディだ。
「解凍希望……」
涼しい声でボソリと、彼女は要望を伝えてきた。
「よかったっ、喋れるのねっ!」
「ん……。ニコラス、だっけ……ありがと」
「あ、ああ……。なんか、意外な姿になったな……」
「うん……。あんなに、ビビッてたのに、不思議……」
「ビ、ビビッてなんかいねーよっ!?」
不思議そうにフリーズドラゴンは自分の手足や、氷壁に映る童顔なその顔をのぞき込んでた。
「はぁー……」
「どうした?」
「ん……。ぶっちゃけ……暇で、暇で、メチャクソ暇で、死にそうだった……。ま、死んでるみたいな、ものだけどさ……」
姿はあんなに畏怖に満ちていたというのに、人格はというと落ち着いたクール系だった。
いや、思っていた以上に話の通じそうなやつでよかったと思うべきか。
「よろしくな、フリーズドラゴン」
「よろ……」
こうしてフリーズドラゴン(生き霊)が加わった。
俺たちは永久氷晶の洞窟を出ると、進路を北北西に変えて、どこかにあるはずの迷宮を目指して飛び立った。