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・エブリデーでホリデーなナイスデー - マリーという名の買い物ガチ勢 -

「ニコラスッ、これなんてどうかしらっ?」

「おっ、おお……っ。いや、なんというか、マニアックというか、いいな……」


 バザーを巡ると女性向けの小物屋があった。

 しばらく店を眺めて何か買おうかと迷っていると、ストームちゃんがヘアバンドを見つけてそれを頭にかけた。


 前髪がかき上げられておでこが強調された姿も魅力的だったけれど、そのヘアバンドには犬か何かの耳が付いていた。


「マニアックってどういう意味? これ、犬みたいでかわいい気がするわ」

「かわいいのは認める、超かわいいよ……。でもさ、なんというか……マ、マリーはどう思う?」


「高いです。ボッタクリなのです。あと、ここ、作りが甘いのです。こういうのは、すぐ壊れるのですよ。洗濯したら一発なのです」


 助け船を求めると、まさかのガチ目利きが返ってきた。

 店の主人は気分を害したようで、俺はストームちゃんの頭からヘアバンドを返して、彼女の手を引いて場所を変えた。


「マリーは凄いわね、あたし全然気づかなかったわ」

「ごめんなさいです。せっかく楽しい雰囲気だったのに、言い過ぎちゃったのです……」


「そんなことないわ、マリーと一緒なら安心して買えるもの」

「それはあるね。引き続き目利きを頼むよ、特に新しいテントの方を」

「へへへ……わかったのです。マリーにドーンッと任せて下さいなのですよーっ!」


 人と一緒に買い物ができるのが幸せでたまらない。

 マリーの大げさな笑顔からは、これまでの彼女の悲しい境遇と重なって見えた。


「これなんてどう?」

「いいと思うのです。丁寧な職人さんが作った感じがするですよ」


 来店客が予想以上に多くなったので新しい箸を買ったり、俺みたいに箸が苦手な人のためのフォークも増やした。


 やがてバザーの奥にやってくると、大きな品物を取り扱うエリアに入った。俺の本命もそこにあった。


「マリーはどう思う? 見た感じ、かなりよさそうに見えるけどな」

「でも少し広すぎないかしら……」


 それはテントではなく丸い天幕だ。

 中で薪を焚けるようによう設計されたもので、店の人が言うにはどこぞの軍の払い下げ品だそうだ。


「どうだい、安くしておくよ。転売屋に買われるくらいなら、僕も君たちみたいにちゃんと使ってくれる人に売りたいんだ」


 軍人風の大柄で真面目そうな店主だった。

 退役後、昔の繋がりを使って商売している。

 そんな想像が広がる風体だった。


「ここ、錆びてるですよ」

「おっと……」


「あとあと、ここ、ちっちゃい穴開いてるです」

「む、むむ……っ」


「それとですねー、ここは犬のおしっこかかっててー、あっちの屋根になるとこが、少したるんでるですよ」

「う、あ……ほ、本当だ……」


「他にもですねー」

「か、勘弁してくれお嬢ちゃんっ! わかったっ、わかったからっ!」


 マリー、強……っ。

 目利きモードに入ったマリーは、普段の愛らしさが嘘のように消えて鋭く冷徹だった。


「なら買わない方がいいのか?」

「物はとてもいいです。職人さん、いい仕事してるですよー」

「そりゃそうだ、こりゃ俺の叔父さんが作ったんだ。ありがとよ、鋭いお嬢ちゃん」


 店主のおっさんは笑った。

 メチャメチャ厳しい人にふいに褒められると、嬉しくなっちゃう現象ってあると思う。


「ふーん……こんな物まで作れちゃうなんて、人間って器用ね……」

「そうですね~、マリーもそう思うですよ。人間さんは凄いのです」


 おっさんはなんの話かわからないって顔だった。

 ドラゴンたちはとても強いけれど、その強さゆえに家とか武器とかそういうものが必要ないのだろう。


 そしてだからこそ、俺たち人間の作り出した物に惹かれるのかもしれない。


「わかった、2割引でどうだ……?」

「え、いいんですかー?」


「なんだよ、えらく辛口だった割に乗っかってくるじゃねぇかよ、お嬢ちゃん」


「うーうん、良いところもいっぱいあるですよ。それにー、これ以上負けさせたらおじさんが損しちゃうからダメなのですよー」


「そのセリフが言えるってことは、お嬢ちゃんなかなか儲かってるな……?」

「えへへ、それほどでもないのですよ~」


 そういうわけで天幕が決まった。

 俺たちはお金を取り出して、それで元軍人のおっさんと取り引きした。


 迷宮で手に入れた銀貨を、両替商のところで交換してもらってできたお金だった。


「じゃ、これはあたしたちで運んでおくわ。2人はゆっくりしてから帰ってきて」

「えーっ、マリーも運ぶですよーっ!?」


「いいの、どうせニコラスは役に立たないし、それにマリー。たまにはあなたもゆっくりしなさい、いいいわね?」

「でも……。ありがとです、ストームちゃん」


 おっさんがサービスで天幕を一緒に運んで設営までを手伝ってくれると言ってくれた。

 おっさんはいいおっさんだった。


 荷馬車で運ぶつもりが、ストームちゃんが鉄の杭のうち6本を軽々と肩に背負うと、オーバーリアクションで驚いてもくれた。


 俺たちはストームちゃんと別れ、手と手を繋いで兄と妹のようにアイギュストスのバザーをもう一度楽しんだ。


 無邪気に笑うマリーの笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気分になって笑い返していた。


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