・ドラゴンをダメにするゴブレット
アイギュストスの我が家に帰った。
ちょうどマリーは俺たちのために夕飯を作ってくれていて、頭上に2頭の竜が現れるとオタマを握った手を振って跳ねながら迎えてくれた。
「おかえりっ、おかえりーっ、なのですよーっ!」
「リリィ、あなたがいると便利ね……」
「そうでしょ~♪ はーい、ただいま~、愛しのマリーちゃんっ♪」
「わぷぅ~~っ?!」
マリーは愛されている。
リリィさんの大きなおっぱいの間にはさまれた後は、ストームちゃんにも抱きしめられて、それが済むと俺の隣にワンコみたいにくっついてきた。
その姿がとても幸せそうで、俺まで彼女のそんな気持ちにつられて笑ってしまった。
「お、今日はシチューか~」
「はいです! 後はー、お兄ちゃんの手を煮るだけなのですよー」
「そこだけ聞くと猟奇趣味で困るな……」
「ほわぁぁーーっっ?!!」
驚くマリーからオタマをもらって、ホワイトシチューをかき混ぜた。
何に驚いているのかは分かり切っていたので、味見をしながら軽く流し目を向けた。
「キラキラの金貨と銀貨が金銀ザクザクなのですよーっ!?」
「鑑定役が必要になるでしょうけど、これだけあれば買収なんてイチコロよねっ!」
「そうね~♪ グビッ……」
おおむね予想通りの展開だ。
けれどもリリィさんが金のゴブレットを宝箱から取り出して、それを口に軽く傾けるのを見た。
「あっあっ、ずるいわっ! あたしも飲もうと思ってたのにっ!」
「ワインですかー? お酒は、マリーは苦手なのですよ……」
あれ……?
おかしいな、あのゴブレットはもう空だったはずなのに……。
「ちょっと待った、どうなってるの、それ……?」
「驚きましたか~? ほら、見て下さい、ワインが復活しちゃいました~♪」
そう言ってリリィさんとストームちゃんがそのワインを半分ずつ飲み交わすと、金のゴブレットが無造作にテーブルへと置かれた。
それを上からのぞいてみれば、乾いていたはずのゴブレットにワインがうっすらと残っていた……。
「あのさ……理屈はよくわかんないけど、そういうアイテムなんだなってことはさ、わかったんけどさ……。なぜに君らは怪しいワインをそんな不用意に飲むのっ!?」
「そんなの決まってるわ! そこにワインがあるからよっ!」
この金のゴブレット、いっそ『ドラゴンをダメにするゴブレット』とでも名付けようかな……。
ワイン飲み放題のゴブレットは、うちの家にあっちゃいけない物のような気がしてきた。
「ドラゴンとはそういうものなのよ~♪ その昔、首が9本あったお友達は~、お酒で弱ったところを人間に討ち取られたちゃったりしたくらいよ~♪」
「ならそうなる前に手放した方がいいんじゃ……」
「あのっ、でもでもっ! お料理に使ったらなんだかよさそう気がするですよーっ!?」
「そうだけど、これ凄い値段が付きそうだし、このゴブレットを献上した方が感謝され――」
「ダメよっ、これはあたしのワインだものっ!」
「ダーメ♪」
いやだけどこのゴブレット、ドラゴン同士のケンカの種にならないかな……。
それでも断固として2人が拒むので、ゴブレットの献上は諦めた。
……調理酒が手に入るし、まあいいのかもしれない。
使わせてもらえればの話だけれど。
「あのさ……。君ら、ゴブレットの前でいつまでスタンバッてるつもりなの……?」
「湧くまでよっ!」
「ふふふ~、楽しみね~♪ そうそうストームちゃん、抜け駆けしたらわたくし、実力行使に出るのでお忘れなく~♪」
「それはこっちのセリフね。少しでもあなたが多くワインを飲んだら、あたしこの町ごとあなたを滅ぼすわ」
「滅ぼすなっつーのっ!! ケンカならそのへんの海で怪獣大決戦してよっ!!」
はっ、これはもしや!?
と俺はその時気付いた!
もしかしてドラゴンテイマーってこのジョブ、テイムしたドラゴン同士の大ゲンカで、テイマー本人が死ぬ可能性があるんじゃね?
ドラゴンの多頭飼いは危険!
冷静に考えてみれば、そんなの当たり前だ!
「そうですよーっ、町は壊しちゃメッですよー。わかったですかー?」
2頭のドラゴンは尻尾を立てたマリーに叱られて冷静さを取り戻した。
マリーは俺の生命線だ。
ワンコのようにケンカの仲裁に入る姿が神だった。
とにかくそういうことで、ワイン飲み放題のケンカの種は家に残し、宝箱いっぱいの金貨銀貨を使ってのオジサン大臣の買収に俺たちは動き出した。