・滅竜、猿の手と共に朝帰る
翌朝、俺たちは朝っぱらから温かい鶏出汁ラーメンで腹を満たした。
昨日の作り置きとはいえ、朝からラーメンを食べられるなんて、なんてリッチ生活なのだろう。
美味しい食事がみんなを笑顔にして、温かい気持ちで一日がスタートしていった。
しかし問題はあのお巡りさんだ。
あの人、なんでこのアイギュストスの町にいたんだろうか……。
仕事を首にでもなって、こっちに再就職でもしたのだろうか……。
だがある面で言えば、彼のおかげで問題が浮き彫りになったとも言える。
ラーメンは美味い。
その味わいが多くの人々を引き付ける。
そうなるとアイギュストスのお上の買収は急務だ。
だがしかし、買収をするには相応の元手がいる……。
経営の方は順調だけど、買収できるほどの稼ぎはまだない。
かといってこれ以上続ければ密告され、商売が破綻することになるだろう。
食事が落ち着くと、そんな話をみんなとやり取りした。
「今帰ったぞーっ!!」
そこにコスモスちゃんが戻ってきた。
もしかしたらこの土地を手に入れたときのように、バクチで大儲けして帰ってきたのかもしれないと、俺たちは期待と共に彼女を中へと招いた。
「えっと、それでどうなった……?」
「うむ、色々あったがこれで手打ちにしてきた! ほれ、みやげだ!」
「な、なに、それ……っ」
そう言ってコスモスちゃんが俺に差し出したのは、ミイラ化した小動物の腕のような物だった。
いやそんな汚らしい物なんて触りたくないし、こちらは半笑いで遠慮した。
5本指の手の長い生き物の腕だ。
指が4本も折れて失われている。
「よくぞ聞いた! これはモンキー・ハンドと呼ばれる東方の呪具だ!」
「いや、呪具って……」
ふと見ると、あれだけ温厚なリリィさんの顔が真っ青に青ざめていた。
マリーの方もドン引きしている。
恐怖したように後ずさり、1歩どころか5歩も逃げていった。
どうやら相当にヤバいやつらしい……。
「ほれ、お前にやる」
「ちょ、ちょっと待って……みんなの反応からしてそれ超ヤバいやつでしょっっ!?」
ストームちゃんは詳しくないみたいだけど、マリーをかばうように背中の後ろに守っている。
そんな中、コスモスちゃんだけがひょうひょうとしていた。
「金が必要なら、金が欲しいと願ってこの指を折れ。このモンキー・ハンドが我が主に幸運を授けてくれるであろう……」
「ヤダよっ!? みんなの反応からしてまともじゃないだろ、それっっ!?」
どう考えてもアレだ。
災難をまき散らしたコスモスちゃんに、あっちのヤクザさんたちがいわく付きのアイテムを押し付けて、密かな報復を試みたとしか思えない……。
「モンキー・ハンド……持ち主の願いを叶える代わりに、重い不幸をもたらす呪いのアイテムです……。願いは叶いますが代償が甚だしく、使った者は必ず破滅を迎えると言われています……」
え……?
「お兄ちゃんっ、絶対絶対カオスちゃんの言うこと聞いちゃダメなのですっっ、それはっ、絶対ダメなやつなのですよぉーっ!!」
「ちょぉぉっ、コスモスちゃんっ?! これシャレになってないんですけどっっ!?」
あまりのヤバさに俺も後ずさり、ストームちゃんの頼もしい背中の向こうに隠れた。
「なんだ、つまらん……。あー、背中がかゆい。やさしい誰かかいてくれないものかなぁ……」
「ピェェェッッ、カオスちゃんダメなのですぅぅーっっ!!」
と言いながら、コスモスちゃんがモンキー・ハンドの指を折った。
そう、折りやがった……。
すると猿の手は動きだし、コスモスちゃんの背中をかいて、そのまま灰となって滅びていった。
「わはははっ、臆病なやつらよ!」
あれ、もしかしてノーリスク……?
「はぁぁっ……驚かさないでよ、コスモスちゃん……」
「待ってっ、何か変よっっ……あっっ!?」
いや、リスクはちゃんとあった。
とつじょ屋敷の外壁の向こう側から、高速回転する流れショートソードが飛んできて、それがコスモスちゃんの頭にガツンと命中した……。
だがコスモスちゃんは竜族最強である。
コスモスちゃんは全くの無傷だった。
「クククッ、どうだ、面白いであろう!」
「俺を殺す気かっっ!!」
コスモスちゃんは最強。
最強ゆえに価値観が常人とかけ離れまくっていた……。
・
「さて……んっ」
コスモスちゃんを交えてもう1度情報共有をした。
彼女は手を差し出して、この前と全く同じ態度でバクチ代を俺に請求してきた……。
「金がないなら我がバクチで3倍にしてこよう」
「コスモスちゃん……君、この前の夜も同じこと言ってたよねっ!? あの時のお金はどこに消えたのっ!? 全く、成長してないじゃないか!」
「そう言うな、トータルでは勝っておる」
「ごめんなさい、ニコラス……。昔は、昔のカオスはここまでダメドラゴンじゃなかったのよ……」
「そうね~、良くも悪くもまじめないい子だったのよ~?」
仮にそうだとして、そんな子がどうしてこうなってしまったのだ。
コスモスちゃんはこれだけ言われようとも、ふてぶてしくも小づかいをせびるのを止めなかった。
「ちまちま稼ぐなんぞ我の性に合わん、バクチが一番だ。なぁーに、次は勝てる!」
「バクチ打ち特有の、根拠のない自信なのですよー……」
「だけど……そうね~。何か別の方法で、一攫千金を目指すというのは間違っていないかしら~?」
「ほれみろ!」
「ほれみろじゃないよ……」
「あっ、そうだわ! だったらダンジョンよ! ダンジョンでレアな宝を手に入れて、それを売ればいいのよっ!」
ダンジョン……?
あ、そうか。
俺って最強のドラゴンを4体も従えるドラゴンテイマーだったんだった。
その気になれば武力をもって、一攫千金を目指すのはそう難しくない。
「でもダンジョンって当たり外れがあるって聞いたけど……?」
「大丈夫ですよ~、コスモスがいい迷宮をオススメしてくれます。そうですよね~?」
「むむ……だが我は、バクチの方が好きだ……」
「コスモスはアーティファクトの場所や、迷宮に精通している特別なドラゴンなの~。元々は~、カオスドラゴンではなく――」
「ああああっ、わかったわかったっ、わかったからその先は言うな!」
古株のリリィさんが昔話を持ち出すと、コスモスちゃんが慌てた様子で折れた。
「近辺で一番のお宝が眠る迷宮を教えればいいんだな? 少し待っておれ……」
「ふふふ~、お願いね、コスモス」
コスモスちゃんが空を見上げて目を閉じた。
その身体がふわりと浮遊して、ゆっくりと回転してゆく。
何かを受信しちゃっているのだろうか。
たっぷり数分ほど回っていた。
「うむ、見えた。ここに行くとよいぞー」
それから彼女はたき火の跡から消し炭を取り、それを使って壁に超高速で地図を描き出していった。
ごめんコスモスちゃん……。
俺、君のことをただの穀潰しだと思っていたよ……。
「ちと厄介な入場制限がかかっておるが、まあ笑えるやつだから安心せよ」
「ちょっと、笑えるってどういうことよ……っ」
「それは秘密だ。種を明かしたら面白くなかろう!」
既に不安だ。
だが竜を従える身になった今、迷宮探索でどこまで無双できるか確かめてみたくもある。
俺たちは一攫千金を求めて遠征をすることに決めた。