・営業二日目 - 予期せぬ再会 -
その晩は星のない夜だった。
見上げた空にあるのはおぼろ月と流れゆく霞雲だけで、上空では風が強いのか空が微かに唸っていた。
俺たちは家――
もとい、テントの張られた敷地を出て、以前に屋台を開いた裏通りを目指した。
俺が屋台の前を牽いて、ストームちゃんが後ろから押してくれた。
マリーは無邪気な子供みたいにご機嫌のスキップで夜道を跳ねて、リリィさんはそんな俺たちをやさしく見守っていた。
……いや、よからぬ妄想している可能性もあったけど、そこはあえて信じた。
「はわぁーっ、大変なのですっ、お客様がもういるですよーっ!?」
「ちょっと、何よこれ……っ」
通りに着くと、そこには俺たちがくる保証もないというのに酔客たちが集まって、近所迷惑にも酒を飲み交わしていた。
「おおっ、きたきたっ、待ってたぜ、ラーメン屋!」
「早く食べさせてくれよっ、兄ちゃん!」
「整理券ならもう配っておいた。待ってたよ、あんたのラーメンをよぉ……」
ラーメンは、麻薬?
うちの屋台が到着すると、彼らは列を作ってその前に並んでいった。
「ちょっと待ちなさいよっ! なんであたしたちがくるって知ってるのよっ!?」
「チッチッチッ、女将さんよ。俺たちは勝手にここで待っていただけだぜ……」
「あ、あたし女将さんじゃないわよっ!!」
「はわぁ~、しゅごい執念なのです……」
「けどそれってまさか、昨日もここで待っていたってこと……?」
そう聞くと、全員は言わないが大半の人々が声を上げて同意した。
わからん……。
ラーメンが超美味いのは認めるけど、彼らをそこまでさせる原動力がどこにあるのかわからん……。
ともあれ、こうなっては開店を急がなくてはならない。
俺たちは手分けをして急ぎ開店準備を進めていった。
屋台やオープン席の設営はマリーとリリィさんに任せて、ストームちゃんには食材の準備をお願いした。
俺の方は2つのコンロの底に薪と藁を入れた。
ストームちゃんにお願いして電撃の力で着火してもらうと、赤々と炎を上げるそこに重い深鍋を乗せていった。
片方は仕込んでおいたスープ、もう片方は麺を茹でるためのものだ。
しばらく様子を見て湯が沸騰し始めるのを待ってから、生麺を入れた。
「貝出汁ラーメンお待ち!」
一気に三人前の麺を茹で上げてどんぶりに移しスープにからめると、そこにストームちゃんの手で具材が盛られて、それが整理券番号1~3番のお客さんに配膳された。
「ああ、やっとだ……。昨日の昼から待ったかいがあったよ……」
「負けたぜ、お前のラーメン愛にはよ……」
「あら本当に美味しい!! 紐に並ばせておいたかいがあったわっ!!」
待ってくれることが嬉しい反面、そこまでするかというドン引きの感情の方が勝った。
やがて次のラーメンが完成すると、ウェイトレス役を願い出てくれたリリィさんとマリーがトレイでラーメンを客席に運んでくれて、麺をすする音を倍にした。
「どうしたのニコラス、手が止まってるわ。お、女将さんって呼ばれたことなら、あ、あたし、気にしてないから大丈夫よ……っ」
「いやそうじゃなくて……」
「何よっ、そうじゃなくて何よっ!?」
「なんでそこで怒るの!? いや、これって、全く闇ラーメンになってないなって、そう思ってつい……」
大変な騒ぎだ。
人だかりが人だかりを呼び、既に50人近くのお客さんが列をなしている。
これ、ヤバいのでは?
もしこんなところに堅物の憲兵でも現れたら大事だ。
「今夜の営業が終わったら場所を変えた方がよさそうね……」
「そうだね。今夜さえ乗り越えたら――あっ……」
ところがどっこい噂をすればなんとやら。
驚くべき早食いで整理券番号1番のお客さんが席を離れると、そこにどっかりと噂の憲兵さんが腰掛けた。
その憲兵さんは7番の整理券をカウンターに出し、この思わぬ再会にひとしきり俺と見つめ合った。
「ニコラスッッ、またお前かっ!!」
「ギャァッ、あんときのお巡りさんっ?! ていうかなんでこの町にいるんですっ!?」
「貴様、本官に向かってドラゴンゾンビにブレスを吐かせたな!? 逮捕だ、逮捕っ!!」
なぜここにいるのかという問題はさておいて、憲兵さんは逮捕と叫びながらもカウンター席からどかなかった。
「のん気に見てないで助けてよ、みんなっ!?」
「え、えとえと……お巡りさんには、逆らっちゃダメなのですよ、お兄ちゃん……」
「そうね、法の執行者を力ずくで倒すなんて、秩序的とは言えないんじゃないかしら」
「ごめんなさいね~、ニコラスくん」
残念!
ドラゴンテイマーは自分のドラゴンたちに即見捨てられた!
マリーもストームちゃんもリリィさんも、秩序的なドラゴンであるためお巡りさんには逆らえないのだった!