・竜たちの成果報告 - 新鮮シャキシャキ、白のキャベツ -
ホーリードラゴンは少し特別な力を持っていた。
彼女は己の白く巨大な竜の姿を、結界の力をもちいて自らを封じ込め、誰にも気付かれることなくアイギュストスの浜辺に着陸した。
「ふふふ~、なんだか懐かしいわ~♪ わたくし、ここの聖堂でしばらく暮らしてた頃があるのよ~♪」
「へー、それっていつ頃のことですか?」
「ごめんなさい、細かくは覚えていないわ。そうねぇ、確か~、60年くらい前だったかしら~……?」
「だったらほとんどの人は覚えていないでしょうね。……あ、すみません、今のは失言でした」
白い浜辺から住宅街を目指して登り坂を歩いた。
リリィさんは俺の失言を気にするというより、気遣われたことを喜んでいるように見えた。
「ここです。あ、外側は立派ですけど、見かけ倒しなんで中は期待しないで下さい」
「ふふふっ、ニコラスくんと暮らせるならわたくし、橋の下でもいいわ」
「……橋の下の方がもしかしたらリッチかもしれませんよ。ただいま!」
合い鍵も用意しなきゃなと思いながら呼び鈴を鳴らした。
時刻はもう暖かな昼前だ。
誰かが中に帰ってきていないと、どこかでしばらく時間を潰さなければならなかった。
「おかえりなのですよーっ!」
「早かったわね、仲間は見つかった?」
中から2人の声が響いて安心した。
大仰な門が開くと、外壁に反してみすぼらしい屋内を他の誰かに見られる前に、俺はリリィさんの手を引いて自宅へと押し入った。
「まあっっ、なんて愛らしい……っ! うふふふふ~っ、ニコラスくんに付いてきてよかったぁ~♪」
「わっわっ、お姉ちゃん誰ですかーっ!? わぷぅっ?!」
それから門を閉じて振り返ると、そこにはマリーの顔面を胸の谷間に押し込んだリリィさんの姿があった。
ストームちゃんの方はまあ当然だけど、自分もそれをやられるのではないかとたじろいでいた。
「ま、まさか……あなた、ホーリードラゴンなの……?」
「ふふ……そういう貴女はストームドラゴンね。はぁぁっ、貴女もなんて可愛らしい姿なのかしらっっ!」
「ちょ、ちょっと待ってっ、あたしはそういうのいい――キャァァーッッ?!」
もう少し距離を取っておくべきだったな。
まるで母親が娘にするように彼女はストームちゃんを包み込み、心から再会を喜んでいた。
「えへへ、やさしいドラゴンさんでよかったのです~」
「え……っ? あ、うん……まあ、やさしくはあるけど……」
やさしいんだけどこの人、どこに出しても許されざる変態さんなんだよな……。
それはそうとテントの前にはくつろげるイスとテーブルが増えていた。
そこに俺は息をつきながら腰掛けて、屋根のない開放的な座り心地を楽しんだ。
「ホーリー、あなた変わったわね……」
「そうね~、でもそれは、お互い様じゃないかしら~? 貴方こそ昔はあんなにヤンチャだったのに~」
それにつられて彼女たちがイスに腰掛けた。
ストームちゃんは困り顔で、マリーはニコニコの笑顔で井戸水をくんで、リリィさんはやさしい微笑みでそれを見つめていた。
「グダグダになる前に報告をするね。見ての通り、ホーリードラゴンを発見したのでスカウトしてきた。コスモスちゃんはその……いつもの悪い癖が出て、賭場から帰ってこないから置いてきた……」
コスモスちゃんが大聖堂を吹っ飛ばしたって話は、この2人に伝えてもなんの利益もないだろう。
ていうか、知らない方が幸せだ……。
「お待たせしましたー。冷たいお水なのですよ~っ」
「ありがとう。あたしの話は少し込み入っているから、先にマリーから報告をしてくれる?」
「がってんなのです! えとえと、ちょっと待って下さいね~っ!」
「あんまり急ぐと転ぶわよ」
マリーはテントへと駆けてゆくと、そこから白いキャベツを抱えて飛んできた。
それをテーブルに置くと、わざわざイスを近付けて俺のすぐ隣に座ってくれた。
今、ストームちゃんとリリィさんが、若干の嫉妬の目を俺に向けたのは気のせいだろうか。
「お兄ちゃん、あーんなのですよ~♪」
「あ、ああ……あ、あーん……」
そんな2人の視線を受けながら、マリーの小さな手からちぎられた生キャベツを貰った。
生で食べることに少し抵抗があったけれど、いざそれを噛み潰してみると、口の中に甘い味わいが広がっていった。
「どうですか~?」
「美味い……。美味いっていうか、ほんのり甘くて……シャキシャキだ!」
「まあっ、本当!」
「ふふーん、驚いた? 市場に出回っているキャベツを1つずつかじって、その中で一番美味しいのを選んだんですって!」
「えへへ~、昨日はお腹いっぱいになっちゃったですよ~」
どんな方法で見つけ出したのかと思えば、ドラゴンの大食いっぷりならではの力業だった。
この美味しいキャベツを軽くゆでてラーメンの具にしたら、最高のトッピングになる。
でもそういう食材の吟味って、本来店主である俺がやるべき仕事なのでは?
ふいにそう思ったが、俺はあえて考えることを止めた。
マリーは仕入れ担当としてベストを尽くしただけだ。