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・聖竜、あるいは聖腐竜 - 夢にまで見た服従生活 -

「わたくしを誘惑しにきたのではないみたいですね……」


「いやどういう発想ならそういう結論になるのかお聞きしたいところですけど、やっぱり具体的に知るのは怖いので、ここはあえて止めておきます」


「だってだって……っ、わたくしにラーメンを盛ったじゃない! あんな……あんな濃厚な汁を飲まされたら、わたくし、たまりませんの……。ああ、なんて濃厚な熱い……汁だったのかしら……っ」


 ラーメンは熱くて脂っこい。

 そんな当たり前のことを高々とエロエロに主張されても困る……。


 リリィさんは先ほどの鶏出汁ラーメンの味わいをうっとりと頬を染めて思い出しながら、ハァハァと呼吸を乱して恍惚と陶酔の世界に浸り込んでいった。


 もはや俺の喉から言葉が出てくることはなく、月並みな表現で言うところの[絶句]が時を支配した。


「今まで出会ったドラゴンの中で、一番からみにくい……」

「ふふふ~、それって~、特別ってことですね♪ 照れちゃいます~♪」


「ダメだ、会話が全く噛み合っていない……。ああそうそう、さっき出て行った子も貴女と同じドラゴンですよ」

「まぁ……っ!?」


 あれが昼間襲撃してきたカオスドラゴンだとは、言わない方がいいだろうな……。

 というか言ったら最後、この地で光と闇の怪獣大決戦が始まってしまいかねない……。


「イエロードラゴンとストームドラゴンを知っていますか? 彼女たちも俺たちの仲間です」

「あの子、正気に戻ったの?」


「ええ、ラーメンを食べさせたらなんでか正気に戻りました。貴女とはまるで逆ですね、ホーリードラゴン」

「うふふふふっ♪ いいわ、ますますいいわ……大変、わたくし、ますます貴方が食べたくなっちゃったわ……♪」


 現役シスターが舌なめずりをしながら俺を見ている。

 いや見つめている。

 凝視している。


 ほどよくふくよかで、一見はやさしそうで、魅力的な女性だ。


 だがその正体は野獣だ。

 この人に心を許してはならないと本能が告げている……。


「俺を食ったらさっきのラーメンを作れる人間がいなくなりますよ」

「そうね、それは困るわ……」


「さっきのラーメン、もっと食べたいですよね。俺の願いを聞いてくれたら、毎日食べさせてあげますよ」

「ほ、本当っ!?」


 いい流れだ。しかし俺はふと思った。

 この女性を味方に引き込むということは、隣に置くということだ。


 それって、俺の貞操的にどうなの……?


「あー……やっぱりいいや……。今の話、なかったことに――」

「させないわっ!」


 ですよね……。

 リリィさんはまた人の腕をガシリとつかみ、今度は手のひらに頬ずりを始めた。


 この人……なんか、凄く怖い……。


「しょ、少年の手……ゲヘッ、ゲヘヘヘヘ~~ッ♪」

「なんて残念な美人なんだ……」


「やだ、美人なんてそんな~♪ わたくしも~、ニコラスくんみたいな美少年が大好きよ~♪」

「いや俺、もう18なんですけど……」


「ご、合法の、美少年……!?」


 契約、契約しても大丈夫だよね、このドラゴン……?


 ブロンドの綺麗なお姉さんが鼻息を荒くして頬ずりをする姿は、あらゆる美人に対する冒涜であり、人は容姿だけではないと姿そのもので体現していた。


「ホーリードラゴン」

「本名を面と言われると照れますね~♪ はい、なんでしょうか~?」


「俺はラーメン屋にしてドラゴンテイマーだ。俺の手作りラーメンをこれからも食べたくば服従しろ。ニコラスに服従する。そう言葉にしてくれれば契約は成立する。……と思う」


 そう伝えると、彼女は俺の腕を離して一歩距離を取り、背筋を整えた。


「ニコラス、貴方はわたくしたちドラゴンをどうするおつもりですか? かつてドラゴンズクラウンを求めて争ったあの愚かな人間たちのように、わたくしたちの力を世界を統べる王冠と何かと勘違いしているようなら、答えはいいえです」


 彼女はラーメンへの衝動を克服した。

 急にそうやってシラフに戻られると、もうなんか立派なんだか変態なんだかこの人はよくわからない。


「あー違う違う、そういう難しい話じゃないし」

「あら、そうなんですか~?」


「俺、ラーメン屋を手伝ってくれる仲間が欲しいだけだし」

「まあ♪」


「それと、マリー――イエロードラゴンは偽りの記憶を抱いて、ずっと独りぼっちで暮らしていた。ストームちゃんもそうだ、自分で自分を封じて、狂ったまま孤独に生きていた。最初に出会ったドラゴンもそうだった。あの子も地底の底で、孤独に生きていたんだ」


 今まで出会ったドラゴンたちは、誰もが悲しい境遇に身を置いていた。


 そんなドラゴンたちを1つに束ねたい。

 そう願うコスモスちゃんの気持ちはよくわかる。


「リリィさんは見たところ幸せそうに見えるけど……。でも、もしよかったら……俺と一緒に仲間の元にこないか……? いや、ここでの生活に満足してるなら、強制はしな――」


「ラーメンのある生活の方が大事に決まっているわっ! ああっ、素敵……っ、これから夢にまで見た美少年への服従生活が始まってしまうのね~っ♪ はいっはいっ、わたくし、喜んで服従しま~すっっ♪」


「えっっ!? そんな変な期待されても困るよっっ?!!」

「まあ……っ?!」


 一瞬、透けるように白いドラゴンの巨体が見えた。

 その巨体もあって俺はつい後ずさっていた。


 リリィさんの方は不思議そうに自分の手足を見て、何か自分の身体に変化を感じているようだった。


「まさか本当にわたくしを使役してしまうなんて、ふふふ……契約、成立ですね~♪」

「……リリィさんは変わっていますね」


「あらそう?」

「さっき、貴女の記憶の断片が流れ込んできました」


 彼女が人間に化けてシスターをやっていたのは贖罪のためだった。

 毎日神への祈りを捧げて赦しを求める姿が一瞬だけ見えた。


 それは彼女からすれば非常に重い罪で、何百年祈ろうとも赦されるものではなかった。


 具体的にはそれ以上はわからない。

 わかるとすれば、他のドラゴンとは少し異なって、彼女は人間生活をエンジョイしまくっていたという点だけだ。


「ふふっ、見直してくれたかしら~?」

「え、ええ……さっきみたいに衝動的になるところ以外は……」


「ごめんなさい……」

「いいんです、落ち着いてくれたのならそれで」


「あっ、ですけど誤解しないで下さい。わたくし、現実の男性に興奮したのは、貴方が初めてなの……ごめんなさいね」

「うっ……」


 オタク趣味の濃すぎる男に女の子がドン引きする感覚って、こういうのに似ているのだろうか……。


 リリィさんはうっとりするくらい綺麗なお姉さんだけど、幻想の世界に頭のてっぺんまで浸かって生きている人だった……。


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