・聖竜、あるいは聖腐竜 - I love boys love ♪ -
「そっ、そういえば名前っ、名前を聞いていなかったですねっ!? あの、お名前は……っ?」
名乗らせれば正気を取り戻してくれるかもしれない。
名前とはその人間を映す鏡そのものであり、今日までの人生がそこにある。
そう学長先生が言っていたし、願わくばきっとそうであると信じたい。
「まあ嬉しい! わたくしはリリィ、リリィ・ホワイトともうします。リリィお姉ちゃんって呼んでくれていいんですよー、はぁはぁ♪」
「リリィさん」
「リリィお姉ちゃんって呼んで♪」
「シスター・リリィ、どうか落ち着いて下さい」
「落ち着く……?」
不思議そうにリリィお姉さんは首を傾げて、それから緩んでいた表情を歪みない真顔に戻した。
彼女は静かにこちらへと歩み寄り、俺の片手を取ると、その温かな両手でやさしく包み込んだ。
「ごめんなさい、わたくしは、ラーメンが入るとダメになってしまうんです……」
「えーっと、それはいったいどうしてですか?」
「わたくし、ため込んでいるんです……。それはもう、とても、とても……。昔からそういう我慢ばかりしてしまう性格で、お恥ずかしながら……」
「ああ、そうなんで――うっっ……?!」
だがその女性は言葉と挙動が一致していなかった。
言葉とは正反対に強引に俺の手首が抱き寄せられて、腕の部分が彼女の豊かな谷間に挟み込まれることになった。
その感触はツルンツルンのスベッスベのぷるんっぷるんっで、青少年の頭に血を昇らせて正気を失わせるのに、あまりに十分過ぎる超破壊力をお持ちだった。
「ハァッハァッ……わたくしからも質問っ、よろしいでしょうか……っ?」
「い、いいですけど、その手、引っ込めていただけると……ううぅっっ?!」
リリィさんが左右に身をよじると、スベやかな感触が腕の上をぷるんぷるんとはいずり回る。
自分が何かをしているわけではないのに激しい羞恥が俺の顔面を熱くして、リリィさんのデレデレの笑顔を直視できなくさせてしまった。
「ニコラスくんはぁ……」
「は、はい……っ!?」
「どんなぁ……男の人がぁ、好きなんですかぁ……っ♪ キャッ、言っちゃった……っ♪」
「……はい?」
「隠さなくてもいいんですよ~♪ ニコラスくんは~、男の人が好きな男の子なんですよね~♪」
「え、違いますけど……。普通に、じょ、女性……女の子が好きなのであの……む、胸当たってますってぇっっ!」
ぷるんぷるんの谷間から腕を引っ込めた。
それから俺はさながらに1匹のウサギちゃんとなって、すぐそこの玄関へと駆けた。
だが、ニコラスは、回り込まれた!!
それでもウサギちゃんは身を反転させて、かくなる上はあそこの窓から逃げ出さんと、さらなる逃亡をはかったのだった!
「ヒッ、ヒェッッ?!」
だがリリィさんは跳ねた。
回り込むのではなく、まるでカエルのように高々と跳ねて、俺の頭上を軽々と飛び越えた。
シュタッと四つ足で着地すると、彼女はゆったりと立ち上がりながらこちらに振り返り、そして――
神々しいまでの聖女の微笑みを浮かべられた。
「どうして、逃げるんですか~……? わたくし、そんなふうにされるなんて悲しいです……」
「あの、リリィさん……」
「なぁに、ニコラスくん♪」
「その運動能力、やっぱり人間じゃなかったんですね」
このまま食われてたまるか!
ということで、俺はやぶれかぶれで手持ちのカードを引いた。
すると効果てきめん!
ホーリードラゴンである彼女は、デレデレに陶酔して頬まで赤く染めたその顔を、もう1度真顔に戻した。
「なんのことかしら」
「隠さなくてもいいんですよ、最初から知っていましたから。貴女がホーリードラゴンであることを」
嘘だ。
こんな綺麗なお姉さんがドラゴンのはずがないと思っていた。
だがこの身体能力、ラーメンへの異常な執着、これは間違いない。
彼女もまたドラゴンだ。
「あら……」
「これを見て下さい。これは――」
「あら、それはドラゴンレーダァ?」
「ご存じでしたか。これはドラゴンを探すためのアイテムです。この画面の光こそが、貴女がドラゴンである証拠です」
リリィさんのやさしい顔から微笑みが消えていた。
彼女は静かに思慮して、俺の手の内にあるレーダァを見つめて、少しするとおかしそうに鼻で笑った。