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・聖竜、あるいは聖腐竜 - え、スープって全部飲むのがマナーなんじゃないですか? -

 釣れるはずがない。

 釣れてほしくない。


 あの綺麗な人が、こんな過激な本を好む人だなんて信じたくない。


 俺は葛藤を抱きながら大聖堂の門前町で借家を借り、そこでラーメンの仕込みを済ませた。


「おう、よくきたな。入れ」

「まさか貴女が同士だったとは思わなかったわ~、おじゃましまーす♪」


「厨房ではニコラスに飯の準備をさせておる。さ、存分に楽しむがよいぞ……」

「ま、まあっ!? こ、これは、仲居少年の事件簿シリーズ、幻の円盤限定書き下ろし小説!?」


 なんの話なのか全然わからん……。

 まさか釣れてしまうだなんて……ショックだ……。


 あんなに綺麗でやさしいお姉さんなのに、男と男の恋愛に熱を上げているだなんて、なんかショックだ……。


「腹が減ってはおらぬか? まだまだ蔵書は山ほどある。夕食休憩を挟みながらゆっくりと読みあさるがよい」

「あの、実は……私の方もこんな物を……」


「おおっ、砂漠の月ではないか! 砂漠の国の奴隷商人に売られた社畜とご主人様のやり取りが秀逸だな。奴隷と主人という関係でありながら、ベタベタの相思相愛というのもまた――」


 早くラーメンを仕上げて配膳することにしよう……。


 シスターさんは相手が大聖堂を吹っ飛ばしたカオスドラゴンとは夢にも思っていないようで、


 両者不気味な早口言葉で受けだの攻めだのヘタレ攻めだの誘い受けだの、わけのわからないことをのたまっていた。


 ラーメンの湯切りを済ませて、それをうちの定番である鶏出汁スープとからめた。


 それからカットしたゆで卵と、塩ゆでのほうれん草、蒸したキャベツを盛り合わせた。

 コスモスちゃんの分はもちろん野菜抜きの卵多めだ。


「ニコラス、できたな!?」

「できたけど、どういう嗅覚してるのさ、君……」

「まあ、できたって何がですか~?」


 ここまできたらやるしかない。

 トレイに乗せてラーメンをボロいテーブルに配膳した。


 シスターは固まった。

 それも当然だろう、ラーメンは世間ではご禁制であり、麻薬も同然の扱いなのだから。


「ラ、ラーメン……ッッ。こ、これは、どういうことですかっ!? ぁ、ぁぁ……でも、美味しそう……」


 彼女は用意された箸を既に右手で持ってしまっていた。

 それを迷い迷いにラーメンに近付けては引っ込めて、首を何度も左右に振って誘惑と戦っている。


「では、後は任せたぞ、ニコラス」

「任せたって何を!?」


「もはや堕ちたも同然だ、後はよろしくやっておけ。我は町の賭場で一稼ぎしてくるとしよう」


 あまりの投げっぱなしかつ傍若無人っぷりに言葉を失うと、コスモスちゃんはそんな俺に嬉しそうに笑って、ラーメンを小脇に夕刻の宿場町へと消えていった……。


 バクチ狂いを持つ家族の人って、きっと大変なんだろうな……。


「冷めないうちにどうぞ」

「で、でも……でもぉ……私、ラーメンは……っ」


「ここなら神様も見ていません。ラーメンくらい食べたって誰も怒りませんよ」

「食べて、いいの……?」


「食べてくれないとラーメン屋としては悲しいですね」

「そ、そうね……。せっかく作ってくれたんだもの……しょうがないわ……。ん……」


 シスターさんは開き直り、ラーメンをすすった。

 それはもう幸せいっぱいに、麺に何度も息を吹きかけながら一生懸命に食べてくれた。


 料理人冥利に尽きた。

 2人前作ったはずなのに完食はあっという間だった。


「スープは……スープはどうしましょう……」

「え、スープって全部飲むのがマナーなんじゃないですか?」


「そ、そう……マナーならしかたないわよね……んんっ、ズズズッ……」


 凄い。

 シスターさんはスープを息も継がずに一気飲みしてしまった。


「はぁぁぁ……っ、美味しかったぁぁ……っ。なんて深みのあるスープなのかしら……はぁっ、はぁぁっ……♪」

「大丈夫ですか? 一気飲みは無理があったんじゃ……」


「あら~……無防備なウサギちゃんが一匹いるわぁ~……うふふ~♪」

「えっ、ウサギ……?」


 探してもウサギなんてどこにもいなかった。

 それが比喩的表現であることに遅れて気付くことになるなんて展開は、期待していなかった……。


「かわいい……。汚れた大人の世界を何も知らないのね~……♪」

「ヒッ……?! ま、まさか、そのウサギって……っ」


 自分の顔を指さすと、清純であるはずのシスターさんがニタリと笑った。


 ラーメンの油が残る口を舌なめずりで綺麗にして、一歩……また一歩とこちらにひたひたと迫ってきていた。


「あなたが悪いんですよ~? あなたが……わたくしに~、こんないイケナイ物を食べさせるから……うふふふふふ~……なんて美味しそうなウサギちゃん……♪」


「た、食べないで……っ」

「まあっ♪ お姉さんを誘うなんていけない子ね~♪」


「そ、そういう意味で言ったんじゃないですよっっ!?」


 退路?

 そんなの既にふさがれたさ。


 豹変したシスターさんは、いや偽ドラゴンズクラウンで取った出汁に舌鼓を鳴らしたホーリードラゴンさんは、ゆらりゆらりと左右に揺れながら、こちらに迫ってきていた……。


 だめだ、逃げられない……。

 これは、く、食われる……。

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