・ルピナスの花
どんよりとしたいつもより薄暗い朝、早起きのマリーがスープの食材とパンをリュックに背負って帰ってきた。
「じゃーんっ! 見て下さいっ、貰っちゃったのですよーっ!」
彼女は両手に鉢植えを抱えていて、そこからマリーの尻尾みたいなふさふさの白い花が咲き誇っていた。
そんなマリーをもう起き出していたストームちゃんが迎えて、朝方のコスモスちゃんに根こそぎ体温を奪われていた俺は、速やかにテントから脱出した。
「おかえりなさい、マリー」
「ただいまなのですよーっ、ストームちゃんっ」
「これはルピナスの花ね。ふふふっ、凄く綺麗……どこで貰ってきたの?」
「肉屋さんのおばちゃんがおまけしてくれたです。お家のどこをお庭にするか悩んじゃいますね~っ」
「花壇よりも寝る場所の改善が先だと思うよ……。ヘッ、ヘクショイッ!!」
幸い昨日の営業でがっぽりと稼げた。
このお金をまずどこに使うかだなんて、そんなことは考えるまでもない。
「マリーはこのままで全然いいのですよー?」
「あ、あたしは……。ま、まあ、我慢できなくもないわ……っ」
「じゃあコスモスちゃんとくっついて寝るの君らが代わってよっ!?」
「しゅーん……。やっぱり、テント増やすですかー?」
「ごめん、そうしてくれると助かるよ……」
しかしテントを大きくしたところでどちらにしろ、俺は毎晩体温をコスモスちゃんに奪われることになるのではないか?
ふいにそんな疑問が脳裏に浮かんだけれど、俺は厳しい現実から目をそむけた。
コスモスちゃんは死んでさえいなければ俺の理想だった。
「そんなことよりルピナスの花、ここに植えるのはどうかしら? ここなら日当たりもいいし、あそこに家を建てるならここが庭になるといいと思うの」
「マリーもそう思ってたですよーっ! それにお家っ、いいですねっいいですねっ!」
そういうわけで庭の一角に、白くてふさふさのルピナスの花が植えられることになった。
マリーとストームちゃんはルピナスの花の前でいつまでも笑っていて、それを尻目に朝食のスープを作るのは悪くない一時だった。
たかが花。されど花。
花が咲き誇る庭を造りたいという2人の願いはよくわかる。
暗い鈍色の空を見上げると、今にも降り出してきそうな天気だった。
庭もいいけれど、やっぱりその前に生活空間の方を優先したい。
そんな正論が、恵まれた生命力を持つこのドラゴンたちに通じるはずもなかった。
・
隠し味・偽ドラゴンズクラウンが利いた豚とポテトとニンジンのスープは、俺以外はみんなご満悦のにっこり笑顔だった。
「なんでいちいちこんな面倒な手順を踏まねばならぬ!!」
「ほら行くよ、コスモスちゃん。それじゃ2人ともあとよろしくね」
「任せて下さいなのです! お兄ちゃんのラーメン、もっともっとマリーが美味しくするのですよーっ」
「仲間をお願い……。なんだか不安な組み合わせだけど……」
だったらコスモスちゃんと代わってよ……。
そう心の中で思ったけれど、これからもラーメン屋の営業を続けてゆくなら、抜け道の確保は必要不可欠だ。
「大丈夫だよ。いざコスモスちゃんが暴走しても、ザコの俺には指くわえて眺めるていることしかできないから、まあなるようになるしかないよ」
「マリーも不安になってきたのです……。カオスちゃん、悪いことしちゃメッですよー……?」
そんな強制力ゼロの甘々の忠告に従うやつはいないと思う。
「うむ、我を信じよ」
「ニコラス、あなたはドラゴンテイマーなのだからもう少し……ううん、やっぱりなんでもないわ」
「ストームよ、愚かなことは言うな。ニコラスの魅力は、竜を従わせる力を持ちながらそれを事実上放棄している点にある。こやつがマヌケで助かったわっ、わはははっ!!」
マヌケは君の方でしょ……。
俺はコスモスちゃんの冷たい手を引いて、ドラゴン探しの旅に出た。