・ラーメン滅竜亭始めました - へいよろこんでっ! -
日没。
太陽が沈むのを待ってから、屋台を引いてダナオス邸あらため、竜のキャンプ地を離れた。
ここアイギュストスでは屋台なんてそう珍しいものでもない。
人々の注目は薄く、商人マリーが見つけてくれた穴場に向かって店の設営を始めても、俺たちに注目する者はそういなかった。
イスに簡易テーブル、布の屋根を設営し終えると、屋台下部の燃料室に火を入れた。
「ここはですねー、水夫さんの街とか、お酒の飲める街の近道なのですよ~。だからだからっ、ここなら他より安全に、商売できると思うですよ~」
ここは裏通りだ。
マリーが言う通り、この通りには水夫や酔客が行き交っている。
柄の悪い連中もまたちらほらだ。
よっぽど勤勉な憲兵でもない限り、ここに近付きたがる者はそういないだろう。
屋台には俺とストームちゃんが入って、マリーが呼び込みをする。
もちろんコスモスちゃんは、テーブルの一角にだらしなく腰掛けて、事態を傍観していた。
「そんな目で見るな。うっかり手を滑らせて、屋台ごと街を吹っ飛ばされても困るであろ?」
「冗談のつもりなのかもしれないけど、コスモスちゃんが言うとそうは聞こえないよ……」
「む、冗談に聞こえたか?」
「いや冗談じゃなかったのかよっ?!」
「ええ、カオスがその気になれば簡単なことよ……。だからたちが悪いのよ……」
コスモスちゃんの本質がニートでさえなければ、既に俺は武力で天下を取れていたみたいだ……。
カオスドラゴンは何もしないのが仕事。
その意味が、やっとわかった……。
「おにいさんおにいさんっ、ラーメン食べませんかっ? わぁっ、ほんとーですかぁーっ!? 1名様、ご案内なので~すっ♪」
それに対して、マリーのなんと働き者で超絶優秀なことか。
苦戦するかと思われた第一客は、マリーの無垢な笑顔と呼び込み術に引かれてすぐにやってきた。
「ラーメンって、意外と安いんだな……。じゃあ、この白鶏ラーメン、並みを1つ」
「へいよろこんでっ!」
仕込みでたっぷりと用意した生麺を深鍋に入れた。
……余ったら余ったで大喜びしてくれる連中もいるしな。
「な、何よ、その挨拶……?」
「あ、俺聞いたことあるよ。ラーメン屋ってそう言って注文受けるんだよな?」
「そ、そうなの……っ?」
「お兄ちゃんお兄ちゃん、2名様ご案内なので~す♪」
マリー、恐ろしい子……。
呼び込み担当のマリーは、立て続けに酔っぱらい2人をカウンター席に案内していた。
「白鶏ラーメン、麺マシマシ、チャーシュー多め!」
「お、貝出汁とは珍しいな。大盛りで頼むよ、兄ちゃん!」
しかし……ぐ、ぐぬぅ……。
お客様がきてくれるのは嬉しいのだけれど、俺たちはまだまだ、マリーの手のひらの上のようだ……。
そもそも商売においては年季が違う。
果てしない時間をマリーは、偽りの記憶を抱いて行商人として生きてきたのだから、それは当然のレベル差なのだろう……。
「へいよろこんでっ!」
「へ、へい、よろこんで……っ。やっぱり恥ずかしいわっ、これ……っ!」
お金のやり取りをストームちゃんにお願いして、人数分の麺を茹で、スープの用意をして、てきぱきと盛り付けをしていった。
白鶏ラーメンには鶏チャーシューが2枚、竜の髭のような細切りにした白ネギがたっぷり、それに水に浸した新鮮な三つ葉と、アイギュストス産の海苔が乗っている。
貝出汁ラーメンは鶏チャーシュー2枚に、ワカメ、剥きアサリ、生玉ねぎに、三つ葉のトッピングだ。
「う、美味い!!!」
お客様の第一声は必ずといってそれだった。