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・ジョブ「ラーメン屋」がラーメンをキメた日 - スープまで飲むのがマナー -

 腹減った。

 金も減った。

 喉も渇いたし、着替えたいのに着替えもない……。


 それもこれもあれもそれも空が青いも夜が寒いのも全部ラーメンが悪い!!


 ラーメンなんて呪われろ!!

 俺は絶対にラーメンと国家権力の犬どもを許さねぇ!!


「腹、減った……」


 気付けば俺は権力の及ばぬ領域、貧民街にいた。

 憲兵たちもここには入ってこない。

 ここで起きる事件に関わりたくないからだ……。


「兄ちゃん落ちぶれるのが偉くはえーなぁ、ヒェッヒェッヒェッ」

「いや笑い事じゃねーし……」


 この辺りはホームレスばかりだ。

 俺は家無しなのにでっぷりと太った初老のおっさんに笑われた。


「昼間、憲兵に追われてたの兄ちゃんだろ? ありゃ笑えた」

「いや笑えねーよっ!?」


「ギルドの連中にも追われてたよな?」

「追われてたよ……」


「はっはっはっ、今日は散々だったな、兄ちゃん」

「ホントだよ……」


 ホームレスのおっさんは臭くて皮肉屋だけど、なんだかんだ言いながら肩を叩いて慰めてくれた。


 ああ、名門校の学年主席からホームレスにまで落ちぶれるなんて、まだ夢でも見ているかのようだ……。


「お……。今夜もおいでなすったぜ、兄ちゃん」

「何がだよ……」


「ラーメン屋」

「え……?!」


 驚いて視線を追えば、暗い路地裏から無数のランプを吊り下げた屋台が貧民街に入ってきていた。


 店主は東洋風の怪しい男で、屋台を停車させるとイスを並べ、2本のポールを立てて、麻布の屋根を作った。

 何から何まで手慣れたものだった。


「はぁぁ……っ、震えが、震えが止まらねぇ……。俺ぁ、もうアレがなきゃダメなんだ……」

「えっ、でもあれ、ご禁制――」


「関係ねぇだろそんなもんっ! はぁっはぁぁっ……」


 おっさんはフラフラとした足取りで立ち上がって、まるでゾンビみたいに屋台へと引き付けられてゆく。

 それはちょうど開店の旗が立てられた時だった。


「麺硬め脂増し増しニンニク多め!」

「へいっ喜んでっ!」


 いやおっさんだけではなかった。

 中には身なりのいい紳士たちまでもがその屋台に群がり――


「並」

「へいっ喜んでっ!」


「ザル」

「へいっ喜んでっ!」


 隠語でラーメンと金のやり取りをしていた……。


「おい兄ちゃん、ちょっとは金持ってるんだろ? こっちきて注文しな。……うへへへ、きたきた!」

「へいお待ち!」


 しかし……なんだ、このえもいわれぬ香りは……?

 なんて美味そうな……だがどこかで嗅いだことのあるコッテリとした匂いだ……。


 なんだ、あの縮れた黄色い麺は……?

 これが、学長先生が言っていたラーメンというやつなのか……?


 お腹空いた……。

 だがこれはご禁制……ご禁制には見えないけど、法律上は食べちゃいけないやつだ……。


 ああ、だけど、だけどなんて、なんて美味しそうなスープパスタなんだろう……。


「えっと、じゃあ、並。お金は、これだけ……」

「へいっ喜んでっ!」


 お金を出すとラーメンが買えた……。

 当然? まあそうなんだけど実際に体験してみると衝撃的だった……。


 『えー嘘ーっ、ラーメンってこんな簡単に買えちゃうのー? なんかヤバくなーい?』

 って気分だった。


「いいか、兄ちゃん。ラーメンはスープまで飲むのがマナーだ」

「わかった、そうする」


「ズズズッ……ぷあぁぁっ、美味ぇ!」

「本当に美味そうだ……」


 たぶん、今作っているのが俺の分だ。

 店主が残像が見えるほどの身のこなしで鍋から麺を取り出すと、それが外側の広がった陶器製の器へと入れられた。


 茹でたての麺の上に、ラードか何かにギラギラと輝くスープが流し込まれ、その上にキャベツとモヤシ、薄切りのニンジン、それに変な板みたいな漬け物と、妙に黒っぽいハムが乗せられた。


 そして最後に細かく刻まれた長ネギと摺り下ろされたニンニクがトッピングされると、ラーメン屋は俺の前に熱々のラーメンを配膳した。


「へいお待ち!」


 合わせて20秒にも満たない超早業だった。


「食え、食え、美味ぇぞ……。1度食べたらもう、2度と抜け出せねぇけどよぉ……ここまで堕ちちまったら、んなこともう知ったこっちゃねぇだろ、兄ちゃんよぉ……っ」


「なあ、これのどこが麻薬なんだ?」

「早く食えよ……食えばわかるぜぇ……」


「こんな物のために俺は人生をぶち壊しにされたのか……?」


 温かくていい匂いだ……。

 俺は生つばを飲み干し、店の人が親切心で出してくれたフォークを使って、ラーメンを生まれて初めて口へと運んだ。


「美味……っ。え、嘘、美味過ぎ……え、なんだこれっ!?」


 いつの間にか一心不乱に俺はラーメンを口に運んでいた。

 なんだろうこの麺、パスタとも全然違う!


 独特の風味が後を引いて、シコシコとしていて――

 それにこの味の濃いハムが、ギトギトの脂まみれのスープと絡み合って……っ。


「あ……」


 気付けば俺はスープまで飲み干していた。


 一口一口が身体を温めてくれて、最後の一滴まですすりながら腹に満たすと、言葉では言い尽くせない多幸感に俺は恍惚とした……。

 なんて、なんて濃厚な味わいなんだ……。


「これが、ラーメン……」

「毎度あり!」


 その味わいたるや正に麻薬だ。

 けど、だけど、これのどこが禁止薬物?

 ただの超絶美味い料理なだけじゃないか!


 こんな美味い物を禁じるなんて、国家権力どもは何を考えているんだっ!?


「あのっ、店主さん! 実は俺っ、こういう者です! どうか俺を弟子入りさせて下さいっ、お願いしますっ、他に行くとこないんです俺っっ!!」


 俺は身分証を開き、生きる価値なしの烙印だと思い込んでいた物を、妙に目と髭がドジョウみたいに細くてどことなくうさん臭い店主に突き出した!


「ア、そいうコトネ。厨房、入るアルヨ」

「え、それどこの方言?」


「だいじょぶ、だいじょぶアル。ワタシも、ジョブ、ラーメン屋アルヨ」


 この日、生まれて初めてラーメンを口にした俺は、やっぱりうさん臭いような気がしてならないラーメン屋の男に弟子入りした。


 まだよくわからないが、凄い……。

 ラーメンは、凄い……。


 こんな美味い物を禁じるなんて信じられない!

 バカだろ国家!?


「ニコラス、語尾は、アルアルヨ!」

「へいっ喜んでアルッ!」


 俺の人生は今日、ここから始まる……。

 俺の未来はラード色が約束されていた……。


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