・竜の額に抱かれしモノ - 買った。お前の名義だ -
なんと!
コスモスちゃんは勝手に借家を引き払っていた……。
誤解だとわかってもモーションかけまくりのババァに恐怖しながら、どうにかしてコスモスちゃんの住所とババァの名刺を掴むと、
新たな住所[ダナオス邸]へと歩き出した。
「う、うう……怖かった、怖かった……。もっと早く、助けてくれてもよかったじゃないか……」
「ごめん、どうやって人間と接すればいいのか、まだよくわからなくて……」
「ああ、それもそうだね……。あのオバちゃん、キャラメチャメチャ濃かったしね……」
「ふふふっ、あたしにラーメンをなかなか食べさせてくれなかった報いよ?」
この子、まだ根に持っていたのか……。
そうこうしていると、俺たちはアイギュストスの西部市街地にやってきて、コスモスちゃんがいるという新しい住所にたどり着いた。
「え、ここ……?」
ダナオス邸は堂々たる大豪邸だった。
石灰岩を使った高い塀がそこにそびえていた。
それは両手を上げて背伸びをしてもまるで天辺に届かないくらいに、でかくてヤバくて威圧感のバリバリの凄まじいやつだ。
塀の一片はざっと50m近くもある。
それだけでもとんでもない敷地面積だった。
100%混じりっ気なしの金持ちのオーラが、なぜかコスモスちゃんの引っ越し先から立ちこめていた……。
「あたし、なんだか嫌な予感がしてきたわ」
「ははは、奇遇だね……。俺は最初から嫌な予感しかなかったよ……」
俺たちは馬車が通れるほどに立派な正門の前に立った。
鉄張りの正門のすぐ隣には、磨かれた金色のドアチャイムが取り付けられている。
何度確認しても表札には[ダナオス邸]とあった。
「これ、鳴らしても大丈夫なのよね……?」
「わからないよ、そんなこと……」
内部は全くうかがい知れない。
中から怖い人が出てきたらどうしようかと俺は迷った。
しかしここを訪ねる他に、コスモスちゃんへとたどり着く方法がない。やるしかない。
こんなところでくくることになると思わなかった腹をくくって、俺はドアチャイムの紐をチリンチリンと鳴らした。
「うむ、新聞の勧誘なら断っておるぞー」
ああ、よかった……。
聞こえてきたのはコスモスちゃんの声だった……。
俺は安堵のため息を吐いた。
「どうしたの、ニコラス? なんだか顔色が悪いわ」
しかし現実は過酷である。
脳が現在の状況を理解すると、俺の全身は氷のように冷たくなっていった。
単純な話である……。
こんな大豪邸を買う金なんてコスモスちゃんにあるはずがない。
なのにコスモスちゃんはここで暮らしている。
俺はこのおぞましい現実に恐怖した……。
加えてコスモスちゃんは、人の財布を勝手に使うような竜――もとい、貧乏神の化身だ……。
つまり、これは、借金で買った家ではないのか……?
「なんだ、帰ってきたのなら帰ってきたと言え、ニコラス。おお、ストームドラゴンも久しぶりだ!」
門の片方が開き、そこにガウンをまとったコスモスちゃんが現れた……。
これまた、超高級そうな真っ白なガウンだった……。
「む……? 黙ってないでなんとか言え、2人とも」
「カオス、ドラゴン……」
「クククッ、驚いたであろう。翼まで腐れたこの我が、今やこの美貌だ。そなたもずいぶんとかわいらしくなったなぁ……?」
「そうね。でも、人間の身体も悪くないわ。触れたら壊してしまいそうな積み木の町で、自分が暮らせる日がくるとは思わなかったわ」
「同意しよう。小さい方が何かと楽だ」
コスモスちゃんは右手に持ったワイングラスを揺すり、水のような透明の何かを美味しそうに口へと含んだ。
「うむ、よき井戸水だ」
「それ水かよっ!?」
「こんな立地にありながら井戸から水が手に入る。まこと不可思議な島よ」
「あのさ……。聞くのが怖いから聞きたくないんだけど、そこをあえて勇気を出して聞くんだけどさ……」
「うむ、なんだ我が主よ?」
「この豪邸っ、どうやって手に入れたんだよっ?!!」
「買った。お前の名義だ」
「――ッッ????!!!!」
最悪の予測が当たり、俺は真っ白になって地に両手両足、ついでに顔面を突いた……。
お、俺の……名……義……?
今……俺名義で、買ったと、言ったのか……?
キ、キング……疫病神……。
「買ったって、お金はっっ!? 勝手に俺の名前でローン組んだってことっっ!? 悪魔かお前はっっ!?」
あのストームちゃんまで俺に同情してくれた。
俺の肩にやさしく手を置いて、金遣いの荒い最悪の疫病神に蔑みの目を向けていた。
「安心しろ、バクチで儲かってな。ニッコリ現金一括払いだ!」
「いやバクチの儲けで買えるような家じゃないでしょっ、これっ!?」
「うむ……足りなかった。土地は買えたのだがな……ほれ」
コスモスちゃんが玄関先から退くと、大豪邸の真の姿があらわになった。
高い塀に囲まれた豪奢なお屋敷――
だったと思われた場所は、だだっ広い草むらに囲まれたテントハウスだった。
「は、はぁぁぁぁぁ……っっ、よか、よかった……」
どうやら本当にバクチの儲けだけで買った物らしい……。
借金地獄にこれからあえぐのかと絶望していた俺は、なぜだか潤む自分の目を擦って現実に感謝した。