・こんなちっちゃな町
ポンチョがカッコいいブランカさんたちに別れを告げて、俺とストームちゃんはイエロードラゴンの背にまたがった。
おみやげのかんすいももちろん袋詰めして、マリーの両足が鷲掴みにして運んでくれていた。
「は、離れなさいよっ! そんなにくっつくことないでしょっ!」
「あるよっ、あるに決まってるよっ!? ベストポジションをキープしないと、ただの人間様は真っ逆様に落ちて即死するんだってのっ!」
「そんなの別にいいじゃない!」
「よくねーよっ!?」
「わかるです……。とっても、マリーもストームちゃんの気持ち、わかるですよ……。ニコラスお兄ちゃん、ちょっと、尻尾の方に乗ってくれるですか?」
「死ぬわっ!!」
ストームちゃんがなんと言おうと、生き残るために俺は美少女の腰にしがみつき続けた。
ラッキースケベとか、そういうのはともかく置いといて、ただただ死にたくないから!
「はふぅ……そろそろ、疲れてきたのですよ~。ストームちゃん、交代してくれるですかー?」
「わかったわ。交代で飛べるなんて、この身体は便利ねっ」
「はい、マリーもそう思うですよ~」
「えっ、ちょ、ギャーッ?!」
ストームちゃんはマリーの背から剛毅にも立ち上がると、なんと遙かなる天空にダイブした。
降下しながら巨大で凶暴なあの竜に変身して、俺たちの足下に併走してきた。
「いいわ、やって」
「いくですよー、ニコラスお兄ちゃんっ」
「い、いくって、どこへ!?」
「それは、お空ですよ~っ♪」
「ま、まさ、か――フンギャーーーッッ?!!」
空中でイエロードラゴンが少女マリーに戻ると、俺たちはストームドラゴンの背に落下した。
翼を持つこの2人からしたら落下なんてなんでもないことなのだろう。
だけど、こっちはただのクソザコな人間様だってのっ!!
「い、意識、飛びかけた……。勘弁して……もう、こういうのは、勘弁して……」
「ふふふっ、ニコラスはしょうがない人ね!」
「とっても、楽しかったです!」
しかしこの時の俺は、アイギュストスに到着するまでさらに2度の空中落下が待っているとは、予想だにしていなかったのだった……。
人間とドラゴン……。
その感性、価値観、身体能力の差には、あまりにも大きな隔たりがあった……。
・
『わぁっ、素敵な町……』
『そですよねっ、そですよねっ! 人間さんの目線から見ると、ちょっとしたこともキラキラなのですよーっ!』
アイギュストスの手前までやってくると、俺とストームちゃんはマリーにかんすいの運搬を任せて、一足先に帰宅することになった。
手伝いたいと俺たちは言ったのだけど――
『へーきです。ニコラスお兄ちゃんのお仕事は、カオスちゃんとストームちゃんが仲良しできるように、がんばることですよ~? お兄ちゃんは、マスターなんですからっ!』
正論というか、超不安になるようなことを言われた。
ストームドラゴンとカオスドラゴンは元々敵対関係だ。
凶暴なワンワンと、凶悪なお猿さんを引き合わせるようなものだった。
「この道も素敵っ、どこまでも真っ白ねっ!」
「潮が引いているときだけこの道が現れるんだ。今回はタイミングがよかったね」
「そうなのっ!? ふふふっ、まるで奇跡みたいな町ね! こんなちっちゃな町で、これからわたしたちは一緒に暮らすのねっ♪」
全然ちっちゃくないよ、堂々の5万人都市だよ。
と言いたいところだったけど、相手はあのクソデカドラゴンだ。
感性からして全く違う。
「重ねて言っておくけどストームちゃん、コスモスちゃんとは……」
「その話はわからないわ。実際に会ってみないと、わかるわけないじゃない」
ま、そりゃそうだ。
今はお互いに姿も立場も違うんだから、2人の気持ち次第だと思う。
「何があったのかはビジョンでしか知らないけど、今のコスモスちゃんは君が思っているような人じゃない。ちょっと邪悪で、怠惰で、人任せで、ラーメン中毒な普通の女の子だよ」
「それ邪悪なことには変わりないじゃないっ!?」
「うん。コスモスちゃんは普通に邪悪だ……。でも、今はドラゴンたちの身を案じて、仲間を集めたがっているのは事実だと思う。へそ曲がりなんだよ、アイツ」
「そう……。カオスを理解する人間が現れるなんて、思わなかっ――ぁ……?!」
ストームちゃんの手を引いた。
「さあ行こう、そこの荷馬車に乗せてもらおう。おーい、そこのおっさーんっ!」
こういうのはこの道ではよくあることらしい。
交渉を取り付けると、ちょっとした小銭で荷台に乗せてもらえることになった。
俺とストームちゃんは荷馬車に揺られながら、遠ざかってゆく対岸の世界を眺めた。
「水上コテージなんだ。少し狭いけど波音がずっと聞こえてさ、満潮時は足下が海になるんだ」
「そ、そう……素敵ね」
「マリーが見つけてくれたんだ。それもビックリするくらいの格安で。あの子は商売の天才だよ」
「あ、あの……」
「ん、どうかしたの?」
「い、いつまで……手を握っているつもり……?」
「あ……。まあ、別にいいじゃない」
「よ、よくわないわよっ、もうっ!!」
プリプリと怒るストームちゃんと気の利かない俺は、荷馬車のおじさんに笑われてしまった。
最初からイメージがあったマリーの場合は例外として、カオスドラゴンの時もそうだったように、俺の理想やイメージの姿がその竜の人間体の形になる。
当然、ストームちゃんの姿もまた、俺のドストライクだった。