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プロポーズ


 ずっと自分に自信がなかった。


 両親は忙しく、末っ子のわたしは使用人たちに育てられた。兄たちもそうであったのなら、同じだからと幼いながらも吞み込んだろうが、そうじゃない。兄たちは忙しいながらも、両親から目を掛けられ、愛情も教育も、わたしが欲しいと思っていたものすべてを与えられてきた。


 わたしといえば、ごく普通の令嬢としての教育がなされ、色々な家の都合から婚約者をあてがわれて。意見なんて聞いてくれることなどなかった。人との交流が上手でなかったわたしを導いてくれたのは、セシリーだった。家としての付き合いもあって、幼い頃のお茶会で顔を合わせた。とてもはっきりとした、裏表のない性格でわたしは随分と助けられた。


 一人ぽつんと孤立している屋敷。

 それでも少しでも両親の目に入れてほしくて、兄たちのやっている勉強を覗き見た。両親は兄たちの学習にとても力を入れていたから。薬師の一族だから、現状維持は当然のこと、それ以上の成果を出せる子供を育てることが使命の一つなのだと思う。


 いずれ嫁に行くわたしに薬師としての教育が行われることはなく、やりたいと告げてみても必要ないと言われるばかり。それでも似たようなことをしたいと化粧品を改良することにした。化粧品を選んだのは化粧用の薬草を探して旅している師匠と巡り会えたことが大きい。師匠は旅立つまでと条件付きで、丁寧にわたしに色々なことを教えてくれた。


 そして、師匠が次の土地に移動した後、本を片手に化粧品を色々と解析して、一人のめり込んでいった。両親からはたびたび、遊びはほどほどにしなさいと言われたが聞き流した。成果を出し始めたころには、あまりうるさく言われなくなった。


 だから、前婚約者がそれしか役に立たないと思っていることは間違いじゃない。わたしはいつだって逃げていたから。


 でも。


 立ち上がると、ぐっと顔を上げた。視線を逸らさないようにお腹に力を入れて、元婚約者を睨みつける。いつもとは違う雰囲気を感じたのか、彼は狼狽えた。


「な、なんだよ! 本当の事だろうが」

「本当であっても、他人に言われると非常にムカつきます!」


 そう言い返すと、ドレスの下に脱いでいたヒールを器用に足で拾い上げ、男に力いっぱい投げつけた。


「うがっ」


 うまい具合に両方とも顔に当たったのか、彼は痛そうに声を上げた。


「こんなことして、無事に済むと思うなよっ! 私が指示をすればお前の研究なんていくらでも潰してやれるんだぞ!」

「潰れるのはお前の方だ」


 後ろから肩を優しく掴まれた。労わるようなその温かさに、思わずビセット公爵を仰ぎ見る。彼は少しだけ微笑むと、すぐに表情を引き締めた。


「随分と詐欺まがいなことをしたもんだ。コーデリアは平民ではない。薬師一族の一人だ。この意味が分かるか?」

「それは……」

「しかも、当主家族の末娘を食い物にしたんだ。今後一切、君の……元婚約者たちの一族はこの国で薬を手に入れることはできないかもしれないね」


 男の顔色が悪くなった。一緒にいた令嬢はよく分かっていないらしく、首をかしげている。


「……もしかして一度も想像していなかったのですか?」

「お前は一族の鼻つまみ者で」

「出来損ないだとはわたしも思いますけど、だからといって他に侮られて黙っているほど放置はされておりません」


 いてもいなくてもいい娘であっても、娘の評判が悪くなるのはよろしくない。このまま放置してしまえば、一族で活躍していない人間なら騙してもいいと見られてしまう。


 こんな男のどこに惹かれたのだろう。よく見れば、わたしの研究だって大したことがないという雰囲気ではないか。

 自分の目の曇り具合にがっかりしながら、ため息を漏らした。


「さて、行こうか」

「えっ?!」


 ふわりと体が浮き上がり、横抱きにされて目を見開く。至近距離にビセット公爵の顔があって、固まった。


「随分と軽いな」

「別に軽くは、じゃなくて! 自分で歩きます!」

「靴、投げてしまっただろう? 裸足で歩かせるわけにはいかないのだから、素直に大人しくしてほしい」


 そうだった。

 思い切って両足とも投げつけた。靴を探して目をうろつかせれば、遠くの方に転がっていた。しかもヒールの部分が曲がっている。


「新しい靴を買ってあげるから、あれは諦めて」

「買ってもらうのは申し訳なく」


 触れている部分から伝わる温もりに、鼓動も早くなって、顔も熱くなって。

 恥ずかしさに顔を両手で隠した。


「結婚しようか」

「え、何?」


 天気の話でもしているかのように、呟かれて顔を上げた。ビセット公爵は晴れやかな笑みを見せた。


「君の研究の手助けになればいいと思って色々な知人に紹介したけど。想像以上に、君が他の男と親しくすることが不愉快だった。これは結婚するしかないだろう?」

「……まったく意味が分かりません」

「そうか。では、分かりやすく。他の男と一緒にいるところが心底気に食わない。できる限り僕の隣にいてほしい」


 困ったことに、プロポーズに聞こえる。聞き間違えかと、それとも幻聴が聞こえるほど思いつめてしまったのかと、ぐるぐるする。


「コーデリアは僕が嫌い?」

「その聞き方はズルいと思います」

「でも、気持ちを知りたい」

「……」


 小さな、小さな声で呟いた。


 わたしですら心の中で呟いたのかもしれないと思うほど小さいもので。

 でも、ちゃんと彼には伝わっていたようだ。


 満面の笑みを浮かべると、そのままわたしの唇に軽く口づけした。自分ではない誰かの熱を唇に感じて、恐慌状態に陥る。


「!!!!!」

「じゃあ、明日、書類だけでも出してしまおう」


 いつもよりも浮かれた様子で、そんなことを言っている。プロポーズされたことも、キスされたことも現実だととても思えなかった。


「愛しているよ、コーデリア」


 甘く魅惑的な声が耳に滑り込んできて、処理の限界を超えたわたしは意識を飛ばした。



 ウィリアム様はものすごい勢いですべてを整え、城に書類を提出した。だけど、ちゃんと手順を踏めと王太子殿下に怒られたらしい。


「でも、婚約期間なんてあったら逃げられるじゃないか」


 そうボヤキながら、お茶を飲んでいる。


「あの、ウィリアム様」

「ん、なんだい?」

「わたしでよかったのですか?」


 ウィリアム様は公爵家、わたしは伯爵家で、しかも出来損ないの婚約破棄ばかりしている娘だ。釣り合いが取れないと言われれば、その通りで。法律でも問題ないと言われても、落ち着かなかった。


「コーデリアは自己評価が低いね。僕は君だから結婚しようと思ったんだよ」

「そこからが理解できません」


 わたしは自分のことをよく知っている。情けないことに、好かれるようなところなんて自分だって思いつかない。


「まっさらな令嬢を、自分の手で育てられるじゃないか。コーデリアの熱心さは好ましいしね」


 侍女たちの、幼女趣味という言葉が頭の中をとことこと歩いて行った。違うと否定したいけれども、今の説明では否定しきれない。


「王太子殿下とは実は幼なじみなんだ。彼の側にいたものだから、地位を求める女性とか、男を誘惑しようとギラギラした女性とか、本当に無理。コーデリアと一緒にいて楽しかったし、気持ちがとても楽でね」


 逆に女性としての魅力が欠落しているように思えてきた。複雑な気持ちで黙っていれば、頬が摘まれた。


「ウィリャアムちゃま?」

「変なこと考えただろう? まあ、こればっかりは言葉で説明しても理解できないと思うから」


 頬を摘まんだ手を離すと、その手で顎を持ち上げられた。真正面に綺麗な顔がある。


「態度でちゃんと示していくから。コーデリアも恥ずかしいと思ってもちゃんと言葉と態度で示してほしい」


 そのまま唇がくっついて、離れた。そう認識した途端、時間が止まった。


「はは、これ以上のことはまだ無理かな? 結婚までまだ時間があるから、ゆっくり慣れようね」


 慣れる気はしないと思ったけれども。

 一年後、すっかりスキンシップに慣らされたわたしは。


 世界で一番幸せなのかもしれないと自惚れるほどの花嫁になった。


Fin.

最後までお付き合い、ありがとうございました(≧▽≦)

良い週末を!

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