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夜会への参加

 すごく、頑張ったと思う。主に睡眠時間。


 寝不足を解消すべしという侍女たちによって、部屋に置いてあった研究道具は綺麗さっぱり取り上げられた。資料や様々な薬草、それにすり鉢など、わたしの魂のアイテムが見えなくなっただけで、女性らしい、可愛らしい部屋になった。


 もっとも、ここしばらく研究に身が入らず、机には向かっていないし、すり鉢だって弄っていない。あれほど好きな研究も、気持ちがすべてビセット公爵に向かってしまって、ちっとも楽しくなかったから。


 でもこうして見えるところに道具がないと、寂しい気もする。


「……本でも読もうかしら」

「本なんて絶対ダメです。目を休めて、張り付いたクマを取らなくては」


 侍女に本を読むことを止められて、仕方がなく言われるままベッドに横になる。侍女の優しい手が目元を解すようにマッサージした。


 そうして目を瞑っていると、不思議なことに体の疲れがじわりと出てきて、気が付けば朝になっていた。そんな健康的な生活を十日も続けると、顔色もよくなるし、目の下のクマも薄くなった。まじまじと鏡を見つめ、自分の変化を観察する。


「目の下のクマを解消する何かが欲しいわね」


 そうすれば、こんなにも寝なくてもいいはずだ。


「お嬢さま、何でもかんでも薬で解決しようとしないでください。睡眠は人として大切です」

「そうかもしれないけど」


 侍女は呆れつつも、いつものように最高の仕事をする。艶やかな髪を複雑に編み上げ、華やかな花で作ったヘッドドレスを襟足に飾る。仰々しく見えないそのヘッドドレスは、セシリーが作ったものだ。

 そして、ビセット公爵から贈られたドレスを身に纏う。


「まあ、素敵ですわ」


 軽やかな薄ピンク色のドレスは自分でも驚くほどよく似合っていた。普段は色味のないドレスばかりを選んでしまうけれども、これは色を主張しすぎていないので、恥ずかしさを感じない。


「うん、とても綺麗だわ。頑張れそう」

「その調子でございます。今日は研究についてのお話は封印ですよ。口元は常に笑みを浮かべて!」


 この十日の間、侍女たちに鍛えられた、淑女らしい雰囲気を作って見せる。彼女達は感動したように目を潤ませた。


「頑張ってくださいませ! わたしたちは陰ながら応援しております!」

「ええ、頑張るわ!」


 頑張って、王太子殿下に研究についてお話して、そして、そして、そして。

 ――ビセット公爵に好きだと伝える。


 それができれば、今まで立ち止まっていたことも勇気を出して踏み出すことができる。

 そう強く信じた。





「ああ、よく似合う。思っていた通りだ」


 迎えに来たビセット公爵はわたしの姿を見ると、すぐに笑顔になった。いつも以上に柔らかい眼差しで見つめられて、顔が熱くなる。


「ドレス、ありがとうございました」

「気に入ってくれたのなら嬉しい」


 手を差し出されて、躊躇いながら手を伸ばした。肘まであるグローブに包まれているのに、手汗が気になって仕方がない。しかも、あんなにも自信をもって胸を張ってと言い聞かせてきたのに、夜会服を着た彼の存在感に圧倒されて、手が震える。


「王太子殿下に引き合わせるのは夜会の最後になる。王太子殿下はそれほど気難しい人ではないから。いつものように研究のことを話したらいいと思うよ」


 馬車でそんなアドバイスを受けながら、会場に向かう。馬車から降り、エスコートされて会場に足を踏み入れた。


「うっ……」


 一斉に向けられる視線に、思わずたじろいだ。王太子殿下の前でこけた以上の、様々な感情が見え隠れする視線に体が硬直する。それはエスコートしているビセット公爵にもわかったようで、彼は支える様にしてわたしの腰に腕を回した。いつも以上に近い距離に、息を呑む。問うように顔を上げれば、優しく微笑まれた。


「大丈夫だ。僕がいる」


 いや、大丈夫じゃない。この好意的じゃない眼差しは、十中八九、ビセット公爵がエスコートしているからだ。適齢期の令嬢や、遊びたい未亡人などは恐ろしいほどの殺気を向けてくる。人の目を避けて暮らしてきたわたしにとって、心臓が止まってしまいそうなほどの刺激物だった。


「君が綺麗だから嫉妬しているだけだ。自信をもって」


 そう囁きながら、彼はこめかみにキスをしてきた。驚きに固まった。意識は辛うじて保っているが、できれば飛ばしてしまいたい。


「さあ、行こうか。友人たちを紹介するよ」


 不躾な視線をものともせずに、彼は柔らかな笑みを浮かべると歩き出した。向かった先は、名前と顔だけは知っている高位貴族の方々が談笑しているグループだった。そこからは沢山の人たちに紹介され、愛想よく挨拶をして回る。


 きっとわたしの噂なんて、たくさん知っていると思うのに、彼の友人たちはとても優しい人ばかりで、嫌な思いを一度もしなかった。

 それでも、終わった頃にはぐったりとしてしまった。普段から社交慣れしていれば、これだけたくさんの人たちに紹介されることに興奮していただろう。だけど、わたしには疲労感ばかりのイベントだった。


「少し休もうか」

「そうしていただけると助かります」


 よろよろのわたしを支える様にして、ビセット公爵はバルコニーに出た。バルコニーは休憩できるように、椅子とテーブルが用意され、しかも中からもよく見えるように配置されている。これならば、他の人の目があるから二人きりにならない。


「飲み物を貰ってこよう。ここで待っていてほしい」

「ありがとうございます」


 ビセット公爵を見送って、椅子に座った。腰を下ろしてしまえば、体がぐっと重くなる。

 慣れない高いヒールで歩き回ったせいか、足もずきずきと痛む。ドレスの下なら見えないから、少しの間、靴を脱いだ。あまりの解放感に足が喜んでいる。


「コーデリア」


 誰かに名前を呼ばれて顔を上げた。驚いたことに、前婚約者様だ。前回、婚約破棄をした時に連れていた令嬢を腕にぶら下げている。今さら何の用だろう、と首を傾げつつも座ったまま挨拶をした。行儀は悪いが、あちらから声を掛けてきたのだし。


「ごきげんよう。何か御用でしょうか?」

「すぐさま嫌がらせをやめろ!」

「嫌がらせ?」

「そうだ! 貴様のせいで商品が売れなくなった!」


 売れなくなった、と聞いてもピンとこない。


「売れないと言われても……独占販売権は侯爵家が握っているでしょう? どうしてわたしが嫌がらせをしたことになるのです」

「独占販売権の権利は婚約もしくは婚姻状態である限りと契約の条件に入れるなど、立派な嫌がらせだろう! 今すぐ、条件を撤廃し、こちらにすべての権利を寄越せ!」


 何を言っているの、この男は。

 驚きを通り越して、呆れた。


「えーと。まず契約関係は父の権限のためわたしにはどうにもできません。次に、何故、権利を渡さないといけないのです?」

「それは迷惑料だ! お前が嫌がらせでそんな条件を入れなければ、こんなに不愉快になることもなかった!」

「えええ……」


 言っていることが無茶苦茶で、途方に暮れる。何を言い返しても、素直に聞くと思えないし、隣に張り付いている令嬢は男を頑張れ頑張れと一生懸命に持ち上げている。とてもじゃないけれども、常識が通用しそうにない。


 どうしたものかと、焦っていれば。


「随分と頭の悪い子供がいるね。どうしたらそんなめでたい頭になるのか、興味あるな」

「ビセット公爵閣下」


 男は顔色を悪くして、狼狽えた。


「契約内容を見ずにサインするとか。どういう神経をしているのだろうね?」

「それは! 今まで婚約破棄した奴らだって同じようにしたと言っていたから……!」

「え?」


 婚約破棄した奴ら?

 この男は前の婚約者たちと繋がっていたという事?


 今まで婚約した三人は、次から次へと研究に理解を示すように近寄ってきた。落ち込んでいたのもあって、好意的に接してくれることが嬉しくて気にしたことがなかった。


「もしかして、わたしの研究を取り上げようとして?」

「ああ、そうだよ! 公爵閣下に持ち上げられていい気になっているようだけど、お前なんて、それしか価値がないだろうが!」


 吐き出された、本音に。

 ――息が止まりそう。


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