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街歩き

 ほとんど面識のないビセット公爵とのデート。

 しかも街の散策をするようで、華美な格好でない方がいいと言われた。


 お忍びデートなんて、今まで一度もしたことがない。そもそもデートをしたことがない。

 その現実に、わたしはひどく落ち込んだ。

 確かに婚約者がいる時でも、研究ばかりしていたけれども。最初の二人の婚約者はともかく、自分で選んだ婚約者が三人もいたのに、一度もデートをしたことがないってどういうことなの。今さらの事実だけど、やっぱり悲しくて涙が出てしまう。


「お嬢さま、泣いている場合ではありませんよ。ただでさえ、顔色が悪いのに、さらにどす黒くなります。腫れぼったい目は顔をぼんやりな印象にしてしまいます」

「その言い方、ひどい」

「ひどくありません! 事実です。肌は陶器のようにすべすべで美しいのですから、あとは寝不足を解消すれば」


 褒められているのか、貶されているのか、心配されているのか。微妙な匙加減の色を持つ言葉にどう判断していいかわからなかった。


「お相手はビセット公爵ですよね。少し大人っぽい感じの方がいいのかしら……」


 侍女の一人がそう呟いた。わたしの髪を梳いていた侍女が手を止める。


「こんなにも年の離れたお嬢さまをお誘いになるんですもの。きっと初々しさがお好きなのよ」

「初々しさ? わたし、一番ないものだと思うけど」

「そんなことありませんわ。初々しさ、つまりは垢抜けていない、もしくは幼い感じがあるということです」

「幼い感じ……どういうこと?」

「ぶっちゃければ、凹凸が少ない方が好きだという男性は一定数います」


 凹凸がない、と遠慮なく事実を告げられて凹む。

 項垂れているのに、侍女たちはわたしに気にすることなく、クローゼットから幾つもの衣装を出してきた。普段着るデイドレスよりも簡素で、そしてとても動きやすそうなワンピースドレスだ。色は明るいものが多い。


「あまり背伸びをしない方がお嬢さまにはいいかもしれないわ」

「そうね、それならばこちらの若草色のワンピースがいいかしら」


 満場一致で決まったワンピースを着せられた。フリルやレースはほとんどないが、一列に並んだクルミボタンとウエストのリボンが可愛らしい。侍女たちは手際よく、わたしを仕上げていく。


「最後に爽やかな花の香りのスプレーを」


 つい最近、できたばかりの朝摘みの花の香りを吹きかける。全身をチェックすると、侍女たちは笑顔を見せた。


「いい仕事しました……!」

「これで幼女好き公爵もイチコロです!」


 キャッキャウフフと楽し気だ。


「幼女好きは違うと思う」


 わたしの小さな声は、達成感に浸っている侍女たちの耳に届かなかった。



 ビセット公爵は時間通りにやってきた。先日訪問してきた時とは違って、白いシャツにベスト、黒いズボン、短めのフードを羽織っていた。貴族らしい、装飾の多い服装も素敵だったが、こちらは野性味が溢れている。それでも顔は隠しようもなく整っているので、彼の隣で歩くならかなりの覚悟がいるような気がした。


「……隣を歩くだけで注目を浴びそうです」

「そう? 案外埋没できるよ。それに護衛がついているからね。変な人間に突撃されたことはない」


 ビセット公爵は街歩きを普段からしているのか、気にしていない様子だ。信じていいのだろうかと、不安に思いつつも差し出された手に自分のを置く。


「よろしくお願いします」

「そんなにも堅苦しく考えないで。楽しめばいいんだよ」


 気楽に言われたが、気楽にできないのが悲しいところ。頭が混乱して、どうしていいかわからない。


「が、がんばります!」

「硬いね。もっと気楽に」


 気楽に、その通りのデートだった。男性と二人で庶民の格好をして街に出るなんて初めての経験で、緊張に緊張を重ねていたけれども。


 そんなに大変じゃなかった。街の人たちは生き生きと生活していて、他人のことなどあまり気にしていない。時折、驚いたようにビセット公爵を見返す人がいるけれども、それだけだ。あまりの自然体に、次第にわたしの緊張も解けて。


 うろうろと視線を彷徨わせ、美味しそうな匂いを見つけていた。先ほど食べた肉はいつも食べている肉よりも少し硬かったが、それでもスパイシーな異国の味がして美味しかった。こんなにも楽しいのなら、セシリーに誘われた時に来ればよかったと後悔するほど。


「コーデリア」


 名前を呼ばれて、顔を上げれば、口の中に何か突っ込まれた。落とさないようにと口を閉じた瞬間、甘い味が広がった。その食感と味から、フルーツだとわかる。


「これ、好きな味だと思う。食べてみて」


 言う前に口に入れないでほしいと、もごもごと文句を言ったが伝わっていないのか、にっこりとほほ笑まれた。文句は後で言ってやろうと、口の中のフルーツを味わう。串に刺さったフルーツは瑞々しい上に、ねっとりと甘かった。思ったよりも大きな一かけに、必死になって咀嚼した。


「うん、いい食べっぷり。ああ、ここに果汁が」


 口いっぱいにほおばったから、どうやら果汁が垂れてしまったようだ。恥ずかしさに慌てれば、男の指が伸びてきて、果汁を拭った。そして、そのままごく自然にぺろりと舐める。


「甘いね。今年はいい出来のようだ」


 衝撃的な行動に、目を見開いて固まった。そんなわたしに気が付いたビセット公爵は首をかしげる。


「どうかした? もっと食べる?」

「ち、ちがくて」

「うん?」


 そう言いながら、体を屈ませて、わたしの顔を覗き込む。至近距離に神々しい芸術品のような顔があって、顔が熱くなった。


「あれ、もしかして……」


 ちょっと面白そうに笑うと、ビセット公爵はそのままわたしの唇の端をぺろりと舐めた。

 キスじゃない。ただちょっと舐められただけ。でも、異性からそんなことをされるのは初めてで。少し開いた唇の間から見える舌に、全身が沸騰した。


「え、この程度で固まる?!」


 何か聞こえたけど、異性からキスまがいのことをされて、頭がパンクした。

 どうやらわたしは、異性として扱われるとどうしていいかわからなくなるみたい。


「コーデリア!」


 焦ったように名前を呼ぶ彼の声を聞きながら、現実逃避のために意識を飛ばした。



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