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五回目の婚約破棄


「コーデリア。本当に申し訳ないと思うけど」


 ダルそうに切り出したのは婚約者である侯爵令息。

 彼に寄り添うように立っているのは、男性なら誰でも目を引かれてしまいそうなほど女性らしい凹凸を持った令嬢。


 確か、名前は……。


 社交界に疎いわたしでも知っているほど有名な令嬢で、すぐに名前は出てこなかったけれども、彼女の顔は知っていた。


「やっぱり無理だったんだよね。生理的に嫌悪とまでいかないけど、君との間に夫婦生活が成り立つ気がしなくて」

「いけないわ、本当のことを言っては傷つけてしまう」


 と、寄り添う令嬢が慈愛を見せながら、わたしの柔らかな心を抉ってくる。


「愛することができなくても、彼女との結婚は我が侯爵家にとってとても利益のあることなんだ。貴族家では当たり前のこと。でもさ、触る気も起きない妻ってどうなの? 僕の幸せなんて、そこには欠片もないよね」


 わたしの幸せも欠片もないと思いますが。


 心の中では沢山の文句の嵐が吹き荒れていた。けれども、喉が締め付けられたように詰まっていて、心の中の言葉は一つも吐き出されることなく。


「君との婚約、破棄するから」


 婚約破棄。


 解消じゃなく、白紙でもなく、破棄。

 今すぐここで吐いてしまいそう、破棄なだけに。


 そんな詰まらないこと考えているうちに、婚約者だった男はわたしの返事など聞くことなく、連れの女性と楽し気な夜会に戻っていった。残されたわたしは、現実を受け止めることに精一杯で、茫然とそこに立ち尽くしていた。



「くやしい、くやしいよぅ」


 ずびずびと鼻水をすすり、あふれる涙をハンカチで拭う。

 夜会で婚約破棄されて、どうやって屋敷まで戻ってきたのか、わからない。頭の中が真っ白だったから、一つも覚えていない。無様な泣き顔を晒していないと思いたい。


 もちろん、夜会での婚約破棄劇場はすぐに社交界に広がった。事実半分、悪意ある捏造半分。その内容がひどすぎて、こうして親友のセシリーの家に泣きに来ている。


 セシリーはフォーブス伯爵家の娘で、わたしの幼なじみ。

 この世の中で唯一と言っていいほどの理解者。家族よりもわたしのことをわかってくれているし、わたしの幸せを心から願ってくれている。


 そんな彼女は侍女に爪紅(マニキュア)を塗ってもらっていた。わたしが試作品に持ってきた爪紅だ。一般的に使われているものよりも、ちょっと伸びが良くてつけやすくなっている。


「ちょっと、聞いているの?」

「聞いているわよ。この爪紅の研究結果は持っていかれていないのね」

「話す前に婚約破棄になったのよ」


 再び婚約破棄のやり取りを思い出して、どーんと気持ちが落ち込んだ。落ち込んだわたしの気持ちを汲み取ることなく、セシリーは満面の笑みを浮かべる。


「それはよかったわ。あなたのことだから、甘い言葉を囁かれて、あのクズに全部研究を渡してしまったかと」

「三日……ううん、一日遅かったら、全部渡していたかも」


 突然胸が苦しくなった。今、貴族社会に流行っている爪紅は色の種類が少なく、しかもすぐに落ちてしまうので暇な時間に改良をしていた。ちょっとした閃きがあって、こうして改良版が出来上がった日の夜会で、あんなことになったのだ。


 上手く改良できたことが嬉しくて、婚約者の彼に褒めてもらいたくて、彼の態度がいつもと違うことに全く気が付かなかった。もう間抜けとしか言いようがない。だって彼の腕にべったりとあの令嬢はくっついていたのだから。


 浮かれすぎもいいところだわ。


「あり得そう。それで、その元婚約者様、結局、あなたの研究結果をかっさらっていってしまったわけね」

「今回はかっさらわれていないわよ。彼は研究には興味はなかったし。ただ褒め殺されて、ついうっかり独占販売権を結ばれてしまったけど……」


 しゅんと肩を落とせば、セシリーは器用に片眉を上げた。


「どういうこと?」

「結婚前に商品にしようって話があって……。それに彼の好みで作った香水だし、早く喜んでもらいたくて」


 そう、喜んでもらいたかった。

 今主流の香水は、持続性を保つためにむせ返るほどの強い香りを使う。花の香りを凝縮しただけで、強い匂いの割には夜会が終わる頃には落ちてしまうのが欠点。だから、ほんのりと香るけれども一晩ぐらいは持つような香水を作った。


 でも研究はとてもお金も時間もかかる。パテール伯爵家の役立たずな末っ子でしかないわたしには潤沢な資金などない。わたしの趣味の延長である研究をするには、お小遣いでは足らなかった。


 本当ならば、当主であるお父さまにわたしのやりたいことを説明して、薬師の一族の研究の一つとして認めてもらうのが一番いいのはわかっている。でも、わたしはお父さまの前で自分の研究をきちんと話す自信がなかった。だって、お父さまも、お兄さまたちも、わたしの研究は遊びだと思っているから。


 そんな悩みを解決してくれたのが、彼だった。わたしの説明を熱心に聞いてくれて、キラキラした笑顔で素晴らしいと褒めてくれて。もしよかったら君の憂いを晴らしたい、なんて会うたびに言われ続ければ、信じてしまう。しかも婚約者としての役目を果たしたいと告げても、やんわりと君が苦手なことはしなくてもいいなんて甘やかされてしまえば。惹かれるなという方が無茶だ。


「ほんと、バカよね。毎回毎回、男に成果を持っていかれるなんて。しかも今回は販売権だなんて、いくらあなたの研究にお金を使ってくれたか知らないけど、それを上回る金を産む鶏を上げたようなものよ」

「うわーん! わかっているもん!」

「もんじゃないわよ、いい年して。ちょっと男に優しくされて、ホイホイ婚約するからそういうことになるのよ。いい? コーデリアの研究に対して、お金の話をするような男は詐欺師よ!」


 セシリーにざっくりと切り捨てられて、わたしは再び涙が溢れた。


「始めからお金の話をしていたわけじゃないもの」

「そもそも、興味深くあなたの研究の話を聞いている時点で疑いなさい。おじさまもあんな婚約を認めるなんてどうかしているわ」

「それは仕方がないかも。わたし、お父さまから婚約は好きにしていいって言われているし」


 ヘラりと笑えば、デコピンされた。痛みのあまりに呻いてしまう。


「三回だったかしら? 国の都合で婚約白紙になったからって」

「二回よ。だって酷いでしょう? 確かに二人とも有望な人だったけども。他国の王女が見初めたからとか、継承権が繰り上がって婚約者の変更が必要になったとか! 確かにわたしは末っ子でさほど重要視されていないけど! だから、三回目以降はわたしの好きな人と婚約することを許してもらったの」


 あの時、お父さまから言質を取ったのは大きかった。


「それで三回とも改良品狙いのクズに引っかかったと」


 セシリーは呆れたようにため息をつく。毎回毎回、泣きついているから心配かけているのはわかっている。話題を変えようと、彼との会話で気になったことを聞いてみた。


「……そう言えば、わたしって、触りたくもないぐらい醜い?」

「何よ、それ?」

「婚約破棄の理由で言われたの。夫婦生活できる気がしないって」

「クズと一緒にいた女、誰だったかしら?」

「ホッパー子爵令嬢よ。ほら、お胸がたわわで、キュッとした魅力的な腰をした。しかもちょっと庇護欲をそそる、ふわっとした儚げな顔をしている。男の人ってああいう女性、好きよね」


 明るく話しているつもりが、再び胸の奥がツンと痛んだ。この話題はやめておいた方が良かったのかもしれないと思ったがすでに遅し。ジワリと涙がこみ上げてきて、パラパラと零れてきた。

 セシリーは侍女からハンカチを受け取ると、涙で汚れたわたしの顔を乱暴な手つきで拭いた。


「確かにコーデリアとはタイプが違うわね」

「どうせ、わたしは茶色の髪と茶色の目の、平凡な容姿ですもの。金とか赤とか、華やかさが好きなら、わたしなんてまさに枯れ木だわ」


 そういじけると、顔を掴まれた。強く頬に指が食い込み、そのまま強引に視線を合わせられる。怒りのこもった目で覗き込まれて、体が震えた。


「平凡? 華やかじゃない? それはコーデリアが格好を気にしないからでしょう?! 普段から贅沢な化粧品を使っているのだから、お肌は綺麗だし、髪だって艶やかよ」

「爪、爪、爪っ! 食い込んで痛い!」

「あら、ごめんなさい。つい力が」


 セシリーの手を振り払い、爪を立てられた頬を両手で撫でた。


「いいの、わかっているの。わたしには魅力的な丸みがないし」

「そうかしら? 華奢な感じがいいと思うけど」


 この話になるといつも平行線。

 セシリーはわたしの親友だから、とてつもなく可愛く見えるだけだ。つまり身内の欲目。


「はあ、これからどうしよう」

「流石に五回も婚約破棄されると、次がないわね」

「わかっているわよ! でも、いつまでも家にいるわけにもいかないし」


 嫁がない娘がいつまでもいれば、パテール伯爵家の汚点にもなる。でも、すでに五回も婚約破棄されていて、いい相手なんて見つかる気がしない。


「ねえ、コーデリアは結婚にはこだわりはないのよね?」

「そうね、特別したいとは思わないわ。でも未婚の女性が一人で生きていくなんて……」


 たとえ、離縁したとしても一度結婚していれば、醜聞であっても醜聞じゃない。でも未婚のままでいるのは、何かしらの欠陥を持っているものだとみなされてしまう。今はまだ親の保護下にあるからいいけれども。

 五年後、十年後。

 どんなに改良を重ねていいものを作り出したとしても、未婚の貴族令嬢と商売をしようという商人はいないだろう。綺麗になりたいから化粧品に拘るのに、作っているのが欠陥令嬢なんだから。縁起が悪すぎる。


 自分の未来を想像して、涙が再び込み上げてきた。


「そう嘆かないの。わたくしにいい考えがあるのよ。上手くすれば、一生涯、支援してくださるはずよ」

「え?」


 どういうことだろうか、と首をかしげる。


「王太子殿下よ」

「はい?」

「王太子殿下は人格者と聞いているもの、きっとコーデリアの研究にも理解があるはず。アプローチして好感度を上げて、自分を売り込むの。よく夜会で令嬢達が愛妾になろうと付きまとっているでしょう? あそこに参戦よ!」

「ええ?!」


 まさかの王太子殿下が出てきて、顎が外れるほど口が開いた。セシリーはパタパタを手を振る。


「何が何でも愛妾になれと言っているわけじゃないの。愛妾になれなくても、コーデリアの価値を認めてもらって、研究にお金を出してもらえるように交渉するのよ」

「交渉だけなら別に夜会に混ざらなくても」

「バカね。普通に面会を申し込んで、会ってもらえるわけないじゃない。事前の申し込みなしで王太子殿下の目に留まる可能性があるのは、夜会だけなのよ」


 何か策があるのか、セシリーは任せて頂戴と、胸を張っている。


「セシリー、流石に無茶よ」

「大丈夫よ、心配はいらないわ」


 結局押し切られて、王太子殿下の参加する夜会を回ることになってしまった。


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