09_吸血鬼狩り、路地裏にて⑤
駆け出したのを合図にイヴも背後へと駆け出す。まだ使えるピアノ線の下を潜り青年が吸血鬼を連れ出してくれるのを待ちながらも痺れる手で無理矢理銃を握る。
かたかた、と上手く引き金に触れられない。思う様に動かない自身の体たらくに溜息が漏れてしまう、ただ真っ直ぐにピアノ線より少し下へと銃口を向ければその先では吸血鬼と青年の攻防が始まっている。
「…っ、ぶね…!」
「君も祓魔師も満身創痍で僕に勝てると思ってるのかい!?」
「勝てると思ってるから今此処に立ってんだろうが!いい加減往生しろ…!」
「弱いくせに…っ、嗚呼苛つく…!!」
吸血鬼の攻撃を寸前で避けながらも多少の動きであっという間に息が乱れる。避ける度に軋む身体、苛立ちを向けられる度に今すぐにでも命を取られてしまいそうな程に感じる殺意。
よろめきそうになる脚で地面をしっかりと踏み締めながらじわりじわりとイヴに言われた方向へと誘導をするもそれまでに身体を持っていかれそうになる。
まだ少し距離がある。吸血鬼が苛立ちを隠さない様子にこのまま煽れば致命傷を喰らう可能性もあるかもしれない。誘導がバレてしまえば今度こそ青年も、そしてイヴも死ぬだろう。
息が上がる、肺が痛む、上手くやらなければいけない。やろうと思ったのは自分自身であり、そうしなければイヴが必要以上に傷付く。あんな小さな身体で無茶をする所はあまり見たくない、ならば多少無理をするのは此方だ。
「んな弱い攻撃当たるかよ、もっと強く来い…っ…!!」
「……ッ!!そんなに息の根止めて欲しいなら止めてやるよ!!!」
「────ッ!!」
来た。一直線に向かってくる吸血鬼に尻込みしそうになるがそのまま勢いよく身体を下がらせる。もう少し、もう少し、と引き付けながらぎらりと睨む瞳に冷や汗が垂れる。
もつれそうになる足で距離を取り続け、ピアノ線まで数十メートルの所まで近付く。暗がりの向こうには薄ら銃を構えるイヴがおり、吸血鬼に気付かれないように射線上から外れないように吸血鬼を見据える。
心臓が煩い、身体が痛い、ナイフを掴む手が解けそうになる、あと少し、そう思いながら青年の身体はイヴの元へ向かっていく。
「──屈んでくれ…!!!」
「ッ……!!!」
鼓膜に響く声に反応し滑り込む様にして身体の体制を変える。ピアノ線の下を潜り抜ければ吸血鬼とイヴの間には障害が何も無くなる、暗がりの中、いくら吸血鬼といえど興奮している目の前の吸血鬼は冷静な判断が出来て居ない。
ただ目の前にいるのは忌々しい祓魔師の姿のみ、視界に捉えた瞬間に吸血鬼の瞳に殺意がより一層高まる。
「祓魔師ォオッ!!!!!」
「恨むなら私だけにしてくれ、吸血鬼。これが私の、祓魔師の仕事なんだ」
「─────」
一気に踏み込み距離が近付けば、引き金の共に銃声音が響く。吸血鬼の腹部を捉えた銀の弾丸はそのまま身体にめり込み動きを鈍らせる。それでも勢いよく走っていた身体は止まらず、ピアノ線が身体に触れ、そのまま吸血鬼の肉を断つ。
最初の吸血鬼の時に緩んでしまったのだろう、肉を断つピアノ線はそのまま吸血鬼の肉片を絡め、共に地面に転がる。
イヴのすぐ目の前で崩れ落ちる吸血鬼の肉片は脈を打ち、今にも動き出しそうな気配に青年も近寄りナイフを構えるがその動きも次第に落ち着いていく。
「……死んだ、のか其奴」
「いや、まだだ。心臓を破壊しないと吸血鬼は何度でも息を吹き返す、今からトドメを刺すところだ」
ゴロリと横たわる吸血鬼の心臓部分へと視線を向け近寄れば既に再生を始めようとしている。
心臓部分へと銃口を向ける。あともう一発、そう思った最中引き金部分にそっと手が重ねられる。一体誰、なんてこの場に生きているのはイヴ以外にもう一人しかいない。
「……力入らないだろ」
「…君はこんな事をしなくてもいい。これは祓魔師の仕事であって君がわざわざする事じゃない」
「それでもこうなる事を手助けしたのは俺の意志だ、最後まで付き合うさ」
「……巻き込んですまない」
「好きで巻き込まれた様なもんだし、いーよ」
最後の最後まで青年に迷惑をかけた事を詫びれば気にするなと言わんばかりな視線を向けられ、添えられている指に力が入る。
目の前に転がる吸血鬼がもがく様に身体を動かしている、押さえ込む様に銃口を突きつけながら、そして出来るならば恨むなら祓魔師だけをと願わずには居られない。
吸血鬼の青年にも出来ればこんな所見せたくはなかった、だからせめてトドメを刺すところだけは見ないで欲しいと、僅かな心が痛む手を動かす。
「…っ、!」
「見ないでくれ、君には見せたくない」
青年の目を隠しながら引き金に力を込めれば今度こそ吸血鬼の心臓部分に銀の弾丸が入り込む。
呻き声と共に力無く聞こえる声色に耳も塞げば良かったと後悔の念がイヴを襲う、それでも空気に触れじわり風に攫われる様に崩れていく吸血鬼の最期を青年に見せるのは憚られた。
「……これでもうこれ以上被害が増える事はなくなるだろう。早く教会にも報告しない、と……」
「……イヴ?」
「……すまない、少し…休ませて、くれ」
ぐらりと揺れる視界、吸血鬼を倒した事で一気に緊張の糸が切れイヴの思考は鈍っていく。青年のどこか心配した声色を聞きながらもそのまま意識が薄れる。
「イヴ、おいしっかりしろ…っ!」
青年に支えられながらも血を流し過ぎたのかイヴの意識はそのまま途絶えてしまう。揺さぶられる中巻き込んでしまった謝罪をもう一度しなければ、そう思う。
若い女性を狙った吸血鬼の犯行は今ここで終止符が打たれたのだった。