08_吸血鬼狩り、路地裏にて④
牙が食い込む度走る衝撃の痛み、血が啜られる度同時に別の何かも一緒に吸われている気分にさせられる。吸血鬼と幾度のなく相対し吸血されるのは初めてではない、しかしいくら吸われてもやはり反射で不快だと感じてしまう。
相容れない存在故なのか、この感覚は何度味わっても気分を害する存在でしかない。
地面に押し倒され、唸る様に、貪る様に、乱暴に何度も牙を立てられる度に痛みが全身に走る。手足が痺れ頭がぼんやりしてくる、まずい、駄目だと警報を鳴らしても抑え込まれた状態では上手く反撃が出来ない。
致命傷を避ける為に腕を差し出したのが悪かったのか、吸血鬼は一心不乱にイヴの血を啜っている。
「はぁ、っ…ハッ…!血、人間の血だ、甘い、…は……甘い、ぃ…っ…!!」
「ぅ……く、っ……!」
「もっと、もっと寄越せ、ンッ…は、甘い血を、はぁ…っ…」
高揚させた表情のままイヴの血は吸われている、差し出した腕はもう完全に力が入らない。このまま萎れてしまうのではないか、それ程までに強く吸われている感覚に眉を顰めつつどうにか離れなければ血を吸われ尽くしてしまう。
まだ辛うじて動く手で懐の銃を漁るも痺れ始めている。探る指先がどんどん冷えていく中、痛む身体を引き摺るようにして青年が立ち上がる。
その瞳は真っ直ぐに吸血している吸血鬼に向かっている。
手に持っているナイフを強く握りながら痛みなんて何処かへ行ってしまったかの様に勢いよく走り出せば無防備な吸血鬼の背中を切り裂く。
「んぐ、ぅ…ぃ、ぎぁ、ああッ!!!」
「っ…イヴから離れろ、馬鹿野郎が…ッ!!!」
鋭い痛み、血を吸っている高揚感を邪魔され現実に引き戻された吸血鬼の背中に何度もナイフが刺さる。無理矢理引き剥がす様に今度は服を掴み上げ勢いよく背後へと放り投げればその拍子に牙が腕からするりと抜けていく。
しかし牙が離れたからといって痛みが無くなるわけではない、寧ろ塞がれていた箇所に隙間が出来ればそこから強い痛みが走る。
「おいイヴ!動けるかお前…!」
「……っ…動け、る…すまない、また君に迷惑を、っ…」
「んな事いいから立てるなら離れろお前、また血吸われたら今度こそ吸い尽くされる!」
ナイフを構え、吸血鬼を警戒する青年。吸血鬼も背中の痛みを顔を顰めてはいたが先程まで吸血をしていたのもあってか僅かな音を立てながら傷が修復されていく。
血を吸い体力を回復している様子に思わず舌打ちが漏れつつも、青年も既にまともに戦える身体の状態ではない。先程は痛みなど忘れ、今すぐにイヴから吸血鬼を引き離さなければと考えていたが、今は忘れていた痛みが帰ってきている。
全身が悲鳴を上げる中、イヴは痺れる身体に鞭を打ちふらふらと立ち上がる。青年に二度も助けられその青年は既に身体に限界が近い、吸血鬼を狩るのは祓魔師の役目、これ以上青年に迷惑はかけられない。
しかし既に片腕は使い物にならないくらいにだらん、としており残っている片手も痺れが残っている為に上手く銃が握れない。
「……迷惑をかけているのは承知の上で聞く、君あとどれくらい動ける」
「……戦闘は期待すんな、って言いたい所だけどな。多分そんなに動けない、もう一発彼奴から蹴りもらったらアウトだな」
「なら、もらわなければ動けるか」
「…まぁ、それなら多少は」
一体何を考えてるのか、ちらりと横目でイヴを見れば何度か動く手を動かしつつ痺れを誤魔化し大きく息を吐く。まともに動けない状態で仕留めるのは中々に厄介だが、今回は一人ではなく二人、青年がいる。
迷惑をかけ、これ以上は、と線引きをしつつもここまで巻き込んでしまったのならば最後まで付き合ってもらいその後に謝罪するしかない。
動けるのならば、リスクは大きい、無理にする必要はない、それでももしこの提案を呑んでくれるのならば。
「私の片腕も動かない。動ける手も痺れて上手く銃が握れていない、が…あと一発くらいなら何とかなると思っている」
「…それで、その何とかする為に俺にどうしろって?」
「……危ないのは百も承知、だが今頼れるのは君しかいない。先程のピアノ線の位置まで吸血鬼を連れてきてくれないか」
イヴの視線は背後に設置したピアノ線に向けられている、その奥には既に事切れているもう一人の吸血鬼の姿。ピアノ線にべっとりと残っている血、しかし暗闇の為に上手く認識はできないがイヴには出来ているのだろう。
危険な誘導役、本来であればイヴ自ら行うのだが生憎片腕は動かず、血を吸われ、くらりと揺れる頭ではまともに動ける自信がない。
限界の近い青年に無茶な要求なのは自覚している、勿論強制ではない為に断っても何も問題はない、しかし青年はイヴの顔を見た後に何処か楽しそうに笑みを浮かべている。
「それ、俺がやんなきゃお前がするんだろ。本当無茶するなお前、挑発したり吸血されたり…」
「まぁ、そうだが。……無茶をしているつもりはないのだが」
「無茶だろそれ、でもお前のそーゆー所悪くないと思うぜ。やっぱ変わってるなお前、今まで会ったことある祓魔師とは全然違う」
「それは褒めてるのか、それとも貶しているのか」
「褒めてんだよ、ばーか」
くしゃり、と乱暴に頭を撫でられれば突然の行動に目が丸くなる。しかし悪い気はしない、寧ろ心地良い感覚に胸が音を奏でる。
一歩前へ、イヴを守る様に向けられた背中は大きくて柔らかい声色に戦闘中だというのに淡い鼓動を立ててしまう。
此方を睨みつける吸血鬼は既に傷の回復が終わったのだろう、興奮状態のまま見据える様子に青年はナイフを向ける。
「つーわけだ吸血鬼。お前の相手は俺、さっきみてーにボコれると思うなよ」
「やっすい挑発だなぁ、君…はぁ、食事の邪魔しないでよ、僕は苛立ってるっていうのに…っ!」
「うるせー、もうイヴに手出しさせねぇよ」
双方の吸血鬼が睨み合う。ただ真っ直ぐに、痛む身体にもう少し耐えてくれ、と思いながら青年は吸血鬼に向かって駆け出した。