07_吸血鬼狩り、路地裏にて③
淡々と吸血鬼を狩る姿に思わず背筋が震えながらも恐怖は感じない。そんな姿を目の当たりにしていれば、イヴは斬られた方の吸血鬼を見てから僅かに小さな吐息を溢した。
吸血鬼は本来致命傷を与え、尚且つ"死"が来るとその身体は結晶化し砕け散る。人間と違う吸血鬼の特徴であり、そうならない者はまだ生きているのが普通ではあるが、動きもしない吸血鬼を見て確信に変わる。
「…彼は吸血鬼ではあるが純粋な吸血鬼ではないな」
「は?何言って……ッ!!まさかそれって」
「君ならよく分かるだろう。彼は人間から吸血鬼にされた異端の吸血鬼、純粋な吸血鬼では無いからその姿も変異し人間から離れた存在になる。彼の身体が大きいのもそのせいだろう」
人間から吸血鬼にされた、そうなった吸血鬼がいるとは聞いた事はあっても実物は見た事が無かった。理由は簡単、吸血鬼が人間を吸血鬼にするなど禁忌の行動だからだ。
本来であればそんな事は許されない、そもそもが吸血鬼が人間を襲う事事態許される事ではない筈なのに。
一体誰が、なんて考えるよりも先に肌にひしひしと伝わる冷たい感覚に思わず後退りをする青年。妙に静かでイヴの声がよく通り、響く様な気がするのさえ可笑しい気がしてくる。
「最初の被害者の女性には恋人が居たと記載があったがその恋人は現在行方が分かっていないらしい、被害届も出ていると資料には書いてあったが。…君は言ったな、自分は襲っていないと、調理は別だと」
「…………」
「──君はその恋人を吸血鬼にしたな?」
問い掛けに吸血鬼は答えない、しかしその沈黙がまるで肯定している様にも聞こえてしまう。
次第に震える身体、先程まで激昂していた筈なのに一体どうしたのだろう。声を押し殺す様にまるで今更気付いたのかと言わんばかりに楽しそうに笑みを浮かべる姿に背筋がぞわりと警報を鳴らす。
「ふふ、あは…あはははっ!!!!」
「…っ、何笑ってやがるんだよお前…っ」
「だって可笑しいじゃないか、祓魔師が吸血鬼に道徳を解こうとしているんだ、可笑しすぎる、もし僕が吸血鬼にしたとして、君はそれを容赦無く殺した事になる、つまり君は人殺しの祓魔師じゃないか」
人殺しの祓魔師。その言葉にイヴは少なからず心臓が音を鳴らす。吸血鬼の言う通りでありそれは否定出来ない事、実際にそうだとして殺してしまった事実は取り消せはしない。
吸血鬼によって人間が吸血鬼になった場合、負担が大き過ぎる為に自我を保てず、ずっとずっと人から外れた存在になるだろう。血だけではなく人間の肉を求め貪り始めればもう取り返しのつかない事になる。
その為になり損ないの吸血鬼だとしても排除しなければならない、それが祓魔師の仕事。人を襲い殺したとなれば尚更、だからこそこんな事で動揺している場合ではない。
そんな場合では無い事は頭では理解出来ていた、けれど心は動揺している。
「……君を排除させてもらう。彼を吸血鬼にした元凶が君なら尚の事だ」
「ははっ…あー、可笑しい。人殺しの祓魔師が僕を殺せるの?」
「…………ッ」
人殺し、反響する言葉がイヴの心臓を苦しめる。動揺を悟られない様に努めるが明らかに表情が歪んでいるのは青年から見ても伝わる、銃を構える手が僅かに震える。
「でも先ずは邪魔な君からだ」
「…っ!?げ、ほッ……!!」
震えているのを目にすればその瞳は妖しく光り青年へと向けられた視線と同時に勢いよく青年の腹に向かって鋭い蹴りが繰り出される。隙を突かれたとはいえ想像以上の痛み、踏ん張りが利かずそのまま壁へと激突する。
痛みに顔を顰め蹴られた箇所を押さえていれば続ける様に吸血鬼の蹴りが青年に向かう。
「げほっ、ごほ…ッ…く、そっ…!」
「ほらちゃんと避けないと今の君じゃすぐに死んじゃうねぇ!?」
「ぐ、ぅうッ…!!」
咳き込みながらも二発目の蹴りは交わした、しかし追撃をする様に横腹に叩き込まれた一撃に地面に崩れ落ちてしまう。青年に残っていた祓魔師の余韻、身体は全快なんてしていない、追い詰められる様に蓄積されている衝撃を逃す術が無い。
蹴られた箇所が丁度傷口を抉ったのだろう、汗が垂れ痛みで視界が歪む。
吸血鬼は楽しそうに青年に近付くが青年はまともに動けない、身体を動かそうとしても言う事を聞いてくれない。
しかし吸血鬼自身もまたそれ以上青年に近づけなくなっていた。ギチッと身体に食い込む何か、否、細い糸、ピアノ線が身体に纏わりついている。
その先をイヴが拳を握り引っ張っている。
「…っ、彼に近付くな、君の相手は私だろう…っ!!」
「そう、かい…これだなぁ?さっき彼奴の頭と胴体を切り裂いた正体は、っ…!」
「嗚呼そうだ。君達を倒す為に銀を練り込んだ特注品だ……ッ…、彼から離れ、ろ!」
「───ッ、忌々しい銀を僕の身体に…っ…よっぽど君は死にたいらしいなぁ!?」
抵抗する様に引き寄せながらもイヴの力では吸血鬼を引っ張り出す事は出来ない、身体が持っていかれそうだと顔を顰めながら痛む手で無理矢理引き寄せる。
張り付いているのが銀だと知るや否や吸血鬼の表情は更に歪む、楽しそうに、ではなく憎悪に塗れている。
ピアノ線に抗う事をせずにイヴに迫る様にすればその隙に緩んだ線を無理矢理千切る。
「死ねよ祓魔師風情が!!!」
「…ッ!!既に君達は人を殺している、祓魔師として見過ごせない、死ぬのは君の方だ…!」
「人殺しの祓魔師が吠えるなッ!!」
間合いを詰められた蹴りはイヴの腹へと向かう、寸前で耐える様に腕で庇うもそのまま勢いよく後退りさせられる。痛みに僅かに息が漏れつつもあと数発くらえば腕が使い物にならなくなってしまう。
その前に何とかしなくてはならない、銃を握る手に力を込めれば吸血鬼に向かって銃声音が鳴り響く。
「…ハッ!そんな揺れた照準で僕に当たる訳ない!!」
「しま、ッ……!!」
空いていた距離が一気に詰められ吸血鬼の鋭い牙がイヴへと向かう。急所は避けなければ、咄嗟に守る様に片腕を差し出せば勢いよく牙が食い込む。
「────ッ!!!」
「イヴ…ッ!!!」
青年の苦しそうな声、同時に感じる鋭い痛み、此方を覗く瞳がぐにゃりと歪み、啜るように立てられた音が血が吸われている事を物語っている。