05_吸血鬼狩り、路地裏にて①
そんな筈ないのに、と暗がりの向こう側から現れた青年はナイフを勢いよく吸血鬼の肩口へと突き立てる。体重を掛け根本まで入り込んだナイフが傷口を広げていく。
吸血鬼から溢れでる呻き声の様な悲鳴、掴まれていた手が外される。痛む腕に鞭を打ちながら懐から銃を取り出し目の前の吸血鬼目掛けて弾丸を放つ。
「ヴァアアッ!!!ァ、……グゥ、ウッ!!!」
照準がずれた、脳天へと放ったつもりの弾丸は外れ吸血鬼の右目を捉える。致命傷を与えられない、思わず顔を顰めながらも身体を捩り背後の吸血鬼へと同じ様に銃弾を放つ。
しかし笑みを浮かべていた男の姿は無い、何処に、と気が付けば間合いを詰められ、その力強い手が喉元へと向かっている。
「ッ、イヴに触れんなっ…!!」
「…ッ、チッ!!邪魔な奴だな!!」
掴まれそうになる直前、ナイフを勢いよく抜き取りそのままイヴの肩を掴み背後に下がらせつつ牽制する様に振り回せば僅かに触れたのか、血が滲む指に舌打ちが鳴る。
銀で出来たナイフ、僅かな傷でも吸血鬼にとっては危険な代物。距離を取る様にしつつも睨まれれば背筋が凍りそうになる、ギラついた瞳の奥に、此方を獲物として捉えているのが見てとれる。
「……っ、こっち…!」
心音が五月蝿く、僅かに蹌踉めく脚に力を込めながら青年の手を掴み一度距離を取るために脇をすり抜け暗闇に紛れる。
背後から聞こえる吸血鬼の呻き声と、もう一人の吸血鬼から感じる明確な殺気。すぐに追いかけて来ない事に安堵しながらも入り組んだ路地の中に入り込みながら息が乱れる。
青年が後少しでも遅かったら確実に片腕は持って行かれていた、その事に反省をしている時間はない。暗がりの中に入り込み呼吸を整える様に身を隠しながら、僅かに軋む手の感覚に銃の操作が満足に行かない可能性を考慮する。
「…はぁ、っ…は……君、なんで」
「…あ?……言ったろ、寝覚めが悪くなるって。案の定着いてきてみればお前危ない目にあってんじゃねぇか」
「…っ、それに関しては、申し訳ない。完全に油断していた、まさかペアの吸血鬼とは思っていなかった」
互いに息が荒い、整える様に何度も呼吸を繰り返しながらも青年の姿には驚いた。けれど痛みを覚悟した瞬間、青年の声が鼓膜に響いた時、安堵の鼓動がしたのもまた事実。繋いだままの手が少しばかり熱い。
油断してしまうなんて祓魔師として恥でありつつ、二人の吸血鬼をどうにかしなくてはならない。
青年が居なければ確実に負傷していた身体、多少の痛みはあれど感謝してもし足りないほどに。
「…ありがとう、助けてくれて」
「いーよ。俺がしたくてしたわけだし、それよりどうすんだよ。彼奴ら多分もう少ししたら追ってくるぜ」
お互いに呼吸が整い始め、来た方向に視線を向ける。まだ足音はないがおそらくすぐ近くまで来ているだろうとは予想が着く。
銃を持つ手が痛みからなのか、それとも別の理由からなのか僅かに震える感覚に溜息が出そうになる。祓魔師としてなんてみっともないのだろう、心落ち着かせなければいけない。
出来れば青年もこのまま下がらせておきたい、今から行う事は吸血鬼を狩る事であり、つまり殺す事。それを目の前の吸血鬼の青年の前で行っていいのか。
思考を読み取ったのだろうか、ふと視線が混ざれば口元がつり上がる。まるで心を見透かしている様な仕草、青年は持っていたナイフの血を拭いながら唇を開く。
「吸血鬼に吸血鬼は殺せねぇ、って思ってるか」
「…殺す殺さないにしても、気分は良くないだろう。君にとっては同胞を見殺しにする様な行為、そのナイフで私の喉元が引き裂かれても何も言えない」
「物騒な考えやめろ本当。…確かに戸惑いがねぇわけじゃない、けど…お前に手出したろ彼奴ら」
「………私に?」
「俺は吸血鬼だから彼奴らが誰を襲おうと興味もねぇし、それで死者が出ようとも関係するつもりもない。けどお前に手を出すなら話は別だ、飯の恩まだ返せてねーし」
開かれた唇から聞かされる言葉に思わず瞳が見開かれる。青年が来た理由、そして吸血鬼と相対する理由がイヴに関連している、飯の恩と言っても少し過剰過ぎるのではないか。
あまりにも釣り合っていない状態、命を賭けるには違いが大き過ぎる。
そんなのは駄目だと、引き下がらせ様と口を開く前に青年の手のひらで押さえ付けられる。それ以上話すなと視線が訴えていながら押さえ付ける感覚は柔らかい。
「…このままお前を放って逃げたとして、その後のお前が気になるに決まってる。だから最後まで付き合わせてくれよ」
「………っ」
「お前の指示は従う、無茶はしない。だから頼むイヴ」
「……君は、どうしてそこまで。今日会ったばかりの、それも祓魔師に」
青年は何処か気まずそうに視線を外す。
「──お前が心配だから。…それ以上の理由ねぇよ俺には」
真っ直ぐ過ぎる言葉、降参の白旗をあげたのはイヴの方であり心臓が煩く鳴るのがよく分かってしまう。青年には勝てそうにないと、そう思いながら銃を持ち直す。
背後から騒がしく響き始めた足音、追いかけてきている吸血鬼で間違いはない。
「…分かった、君には敵いそうにない。私と一緒に吸血鬼と相対してくれるか」
「そのつもりで来たんだ、とっくに覚悟は出来てる」
「……嗚呼それとこんな時に言うのもなんなんだが、今のうちに言っておいた方がいいと思ってな」
「あ?……なんだよ」
お互いに武器を構えながら、ふと改めての態度に何処か緊張が走る。このタイミングでなくてもいい気もするが、自覚してしまった以上もやもやした気持ちのまま吸血鬼と相対したくない。
小さく息を吐き、イヴは青年に視線を向けず淡々と紡いだ。
「どうやら私は君に恋をしているらしい」
「…………はぁ!?」