03_祓魔師の少女と吸血鬼の青年③
「君の好みが分からなかったから適当な物で申し訳ないが」
数十分後、少女─イヴは紙袋に食材を抱えて戻って来る。中からごろりと林檎を転がしつつ少し黒くなっているパン、干し肉などが入っており、調理しなければ食べられない物も顔を覗かせるがそれは見なかった事にすべきだ。
「いや、助かる。…んじゃ貰うわ」
「嗚呼。本当はもっと美味しい物とは思ったのだが手持ちが少なくてな、足りるだろうか?」
「十分だよ。これくらいあれば足りる」
林檎を丸齧りしながら咀嚼音に大人しく隣にちょこんと座れば、紙袋に入っている食材がみるみるうちに減っていく。見た目に似合わず大食らいなのか、と視線を向けつつも腹が減っていたのならばやはりもっと栄養価の高い物を持ってくれば良かったと少し後悔する。
例えるならそう、干し肉ではなく串に刺さった大きなお肉とかだろうか。
だが満足そうに食べている青年は何処か幼く見えて、可愛いとひっそりと思ってしまう。
「……あ」
「ん?どうしたんだ?」
「…悪い、全部食うのは流石に駄目だよな。お前も食うだろ、ほとんど食べたけど」
「……いや、私は大丈夫。そこまでお腹は空いてないし、君の為に用意したんだ…君が全部食べるといい」
「そうか?なら残りも貰うな」
ふと食べようとしていた残り一つの林檎を食べずにふとイヴを気遣い様な視線を向ける。気にせず食べていた様子だがどうやら気にしていたらしい、その気遣いに思わず笑ってしまいそうになりながらもやんわりと断る。
実際に青年の為に用意した食材であり、食べるつもりは想定していなかった。言葉通りお腹もそこまで空いていない為に全部食べられても問題は何一つない。
残りの林檎を胃に収め、律儀に手を合わせる姿は礼儀正しく感心してしまう。
紙袋を音を立てて小さくさせながら腰を上げる、傷の痛みが引いたのか、先程まで苦しそうだった表情がいつのまにか消えている。
「…ありがとな、お陰で助かったよ。祓魔師にもいい奴って居るんだな」
「どういたしまして。…それはそうと私の事は祓魔師ではなく名前で呼んでくれと」
「悪い悪い。つい祓魔師って呼んじまうんだよ、イヴだろ?ちゃんと覚えてる」
青年の唇から紡がれる名前、一番聞き慣れた言葉なのに何処かくすぐったい様な違和感に襲われる。ぴたりと不自然に固まりつつ、居心地が違う感覚に胸を抑え僅かに跳ねる心臓にますます首を傾げるばかり。
一体なんなのか、不整脈だろうか、答えを導き出そうとしても上手くいかない。数秒固まる様に考えてから一旦放棄しようと思考の片隅に追いやりながら空がじんわりと黒く染まりつつあるのに気づいてしまう。
まだ予定の時間帯よりは早いが、そろそろ目的の吸血鬼を探さなくてはならない。
「……嗚呼、そういえば君は祓魔師に追われて此処に来たと言っていたな。その祓魔師は撒けたのか?」
「そうだと思いたいけどな。結構しつこかったし、まだ俺の事探してる可能性もあるから出来ればもっと遠くに行った方がいいだろうな」
「……そうか。一つ君に頼みがあるんだが」
「なんだよ」
「少しの間でいい、先程言っていた吸血鬼を探している。私を手伝って欲しい」
このまま青年は追ってくる祓魔師から逃れる為に別の街に行くのだろう、だがイヴの中でそれは少し物寂しい気持ちにさせられ思わず引き留める為の理由が溢れ出る。
この提案は同じ吸血鬼の青年にとって何のメリットもない、吸血鬼が吸血鬼狩りをするなんて聞いたことがない。
青年もまさかの提案に目を見開きイヴに視線を向ける。思案しながらも祓魔師が追いかけている状況、無駄にこの街に滞在する必要性もないのだが。
「…まぁ飯の恩もあるし、手伝うだけっつーならいいけどよ。言っとくけど戦力にはあんまり期待すんなよ、俺は戦闘には向いてねぇ」
「吸血鬼の相手をするのは私だから問題はない。ただその吸血鬼を見つけ出すのを手伝って欲しいんだ」
「それくらいならいいけど、なんか方法とかあんのか?地道に探すとなると骨が折れるぞ」
「大丈夫、君にそこまで手間は取らせない。いい方法があるんだ」
協力的な青年に少し驚きつつも引き止められたことにホッとしてしまう。勿論手伝ってもらうからには危険な目に遭わせる気とない、元々今回の吸血鬼の狙いは若い女、囮役をすれば誘き出せる可能性が高いと思っている。
ただ囮役をしている間、下手に周りを警戒している訳にもいかない。どんな吸血鬼かどうかも分からない今、出来るだけ祓魔師と悟られない様に気をつける必要がある。
「君には私が囮役をしている間私を狙う吸血鬼がいないか見ていて欲しい。吸血鬼の君ならば警戒されないと思うから」
「…いやそれはいーけど、それじゃあお前が危険な目に遭うんじゃねぇの」
「祓魔師なんだ、吸血鬼に狙われるのは覚悟の上。それに君が危ない目に遭うよりずっといい」
手伝ってもらうだけ、それが終われば青年は別の街に行くだろう。危険な目に遭うのは自分だけでいい、目的の吸血鬼を見つけた瞬間青年は留まる理由を失くすのだから。
吸血鬼を気遣う祓魔師、やはり変わっていると思いながらも一応恩人が危険な目に遭うのを青年は見過ごす事が出来ない。
ガシガシと頭を掻きながら、少しだけ天を仰ぐ。
「…分かった手伝う、手伝うけど一つ条件がある」
「なんだろうか」
「なんか武器貸せ。もしお前に襲い掛かろうとした吸血鬼がいたら多少の足止めくらいしてやる」
「…いやそれは」
差し出される条件に戸惑ってしまう。青年に武器を渡す、つまり吸血鬼に有効な唯一の武器、銀で作られた物を渡す事は青年自身にも危険が伴うかもしれない。
その理由が例えイヴを護る為とはいえ渡してもいいのか、不安気に揺れる青い目が、真っ直ぐ見つめる赤い目と交差する。
「流石にただ見てるだけなんて事俺もしねぇよ。戦力にはして欲しくねぇけど、多少の手助けくらい出来る。第一お前が襲われるの見て黙ってるなんて、寝覚めが悪くなんだろーが」
「……君、いいのか。そこまでして」
「いーよ別に。言ったろ飯の恩だって、それにお前俺の事狩る気無いんだろ」
「君は私が探している吸血鬼じゃないからな」
「なら大人しく武器寄越せ、言っとくけど小難しいのは扱えねぇぞ」
ただイヴを心配しているだけ、純粋に向けられる視線に居心地が悪くなりながらも手持ちで比較的扱い易いナイフを取り出す。勿論銀で出来ている為にこのまま青年が触られば無事では済まない。
何かないかとポケット触りながら持っていたハンカチで持ち手部分を巻き込み銀が青年に触れないようにする。
これで持ち歩いても何も問題ないだろう、鞘もある。
「銀で出来ているから気を付けてくれ、下手をすれば君自身を傷付ける事になる」
「…分かった。んじゃその吸血鬼探しするか。あー…お前その十字架隠しといた方がいいぞ、流石にバレる」
「そうか。……君に預けてもいいだろうか?」
「は?いや別にいーけど大事なもんじゃねぇのそれ」
「そこまで大事ではない。祓魔師として規定に従っているだけだ、目立つから見せびらかしたくはないが祓魔師としてはそうしなければいけないからな」
「……ああそう」
ナイフを渡せば、首からぶら下がる十字架もそのまま青年へと渡る。別に服の中に隠す事も出来るのだが青年に預ける事を選んだ事をイヴ自身首を傾げてはいる。
ナイフと共に仕舞われれば十字架自体危険な物ではない為まぁいいかと考えてしまう。
目的の吸血鬼は確かこの先の街道によく出る為現在人通りはかなり少ない筈、資料に書いてあった情報を思い出しながらもう少しすれば出没の時間帯になるだろう。
若い女を狙っているのならば必ず出てくる筈、これ以上死者が出る前に止めなければならない。静かな決意をしながらイヴと青年は街道へと赴く。