21_ 血の渇き⑥
「助かったな、彼奴退いてくれて」
「…………」
「流石にあのままだとお互いにやばかったもんな」
「…………」
「イヴもそれ以上怪我しなくて良かったよ」
「…………」
「……なー、イヴ。怒ってんの?」
嵐が去った。祓魔師は撤退する事を選び事なきを得たが移動の最中終始無言のイヴに頭を悩ませてしまう。
何処か元気のなさそうな、けれど何かに怒っているような、複雑な表情をさせ話を聞いているのか聞いていないのか分からない状態だ。
どうしたものかと空を仰ぎながらも此処で自問自答していても意味がない、疑問は本人に問わなければ分からないままだ。
「……すまない」
「………は?」
突然の謝罪の言葉、漸く声が聞こえたと思えば突拍子もない発言に思わず面食らってしまう。
寧ろ謝るべきは此方側ではないのか、そう口に出そうにも深刻そうな顔を目の前にして口を静かに閉じる。
「私が君を守る立場の筈なのに君に守らせてしまった。……君を守ると決めたのに君に迷惑をかけてばかりだな私は」
立ち止まり視線が地面に向かえば、合わない目線に何処かもどかしさが募る。決して守られたい訳ではない、だが祓魔師と相対する以上必然的に前に出るのがイヴだろう。
しかしそれでもただ守られているだけの存在に転がるつもりは一切無く、祓魔師がイヴに何かすると思うと内側が沸騰し頭に一気に血が昇る感覚に落ちた。
血の渇き、なんてなかったかのようにただイヴを守る為に反射的に身体が動いた。これが一体何なのか、ガノンにはよく分からない感情ではあるがそれでもイヴが謝る事は何一つない。
「謝る意味が俺にはわからねーけど。迷惑だなんて思ってない、寧ろあの祓魔師が絡んできたの俺のせいでもあるだろ、お前はとばっちりだ」
「そんな事ない。私がもっとちゃんとしていれば…あとほんの少しで君に大怪我をさせていたかもしれない」
「俺は飯食えばすぐに治るからいいよ、でもお前はそうじゃないだろ、俺より自分の心配しろよ」
「私は私自身より君の方が大事だ」
淡々と告げられる言葉の重みをガノンは数日前の記憶が掘り返される。自分自身よりもガノンを大事に思うイヴの言葉が路地裏の夜の事を思い出させては何も言えなくなる。
イヴの気持ちを蔑ろにはしたくない、けれど此処でこの言葉を受け入れるには少しばかり違う気がする。
イヴに自分を大事にしてほしい、残っている包帯が視界に映る度にそう思う。
「俺はイヴの方が大事」
「っ………」
「守らなくていいよ、とは言わないけど俺にもちゃんと守らせてくれよ。これからも一緒に居るんだ、自分自身も大事にしてくれ」
「……でも」
「それに無茶はしない、て約束だろ?」
列車内で交わした約束、そう告げれば何か言いたげな様子ではあるが大人しく口を紡ぐ様子に頭を優しくぽんぽんと撫でる。
ふんわりと柔らかい髪が揺れ、指先に絡む感覚を楽しみつつゆっくりと耳に掛ける。
白い肌に残る砂埃の跡、汚れを落とすように指先で軽く拭えば何処かくすぐったそうに瞳を細める仕草にほんの少しだけ心臓が跳ねた。
振り払う様に首を振りながらも、まだ元気のなさそうな姿を見てそのまま引き寄せ背中を緩く叩く。
「ほら、んな顔すんなって。俺だってお前のそーゆー顔見たくないんだからさ」
「ん、ぷっ…!……そーゆー顔…?」
「元気なさそうな顔。お前はころころ笑ってた方がいーんだから落ち込むなって」
ふと香る匂い、先程まで近くにあった匂いに今はまるで渇きを感じない。不思議だと思いつつも立場が逆転している状況に思わず笑い出してしまいそうになる。
ついさっきまで慰められる側だったのにいつのまにか慰める側に回っている。
小さく柔らかい身体、武器を向けていた手が僅かに震えていたが今はそんな事がない。
拒まれる事なく受け入れる姿に、一度拒んでしまった事に僅かな後悔が生まれてしまう。
「………ガノン」
「ん?」
「………吸血、いいのか。私の血を吸わなくて…」
か細い声が裾を握られると同時に聞こえてくる。吸血衝動なんてあったのか、くらいには身体が軽い。もぞりと顔を上げ見上げてくるイヴの視線が合わされば先程までの暗い顔ではなくなったことに安堵する。
少しは元気が出たのかと、頬を軽く押し上げながら吸血する必要のなくなった状況にイヴのおかげかと思ってしまう。
「お前が傍にいると吸血しなくても落ち着くみたいだな」
「っ!?」
ぽろりと溢れた言葉にじんわりと白い頬が赤く染まっていく。照れるような事を言っただろうかと思いつつも随分と美味しそうな色に染まっていく様に口元がつりあがる。
「可愛いなイヴ」
「!?!?!?」
もっと赤く染めたくなった。
イヴには悪い事をしているかもしれないが、……少しばかり許してほしい。
イヴの傍にいると吸血衝動もなくなり、居心地がいい。




