20_ 血の渇き⑤
力強く守る様に支えられている腕の感覚と、いつの間にか立場が逆転している状況に困惑の色に表情を染め触れ合った部分が熱い。
吸血衝動を忘れているのか、ただ一点、祓魔師を見据えていて、その瞳は先程とは違い普段のガノンの色を帯びている。
「あんなに痛めつけたのに随分とお元気になられて、そんなにその人間の血が美味しかったんですの?」
「うるせー、飲んでねーよ。お前こそ吸血鬼以外を殺してもお咎め無しなんていい身分だな」
「祓魔師の邪魔をするのなら斬り捨ててしまうのはまた仕方のないことですわ。当然の報いでしょう?」
「それを普通だと思ってる時点で感性がイかれてんだよ、祓魔師」
話す度イヴに触れている部分に力が入り、痛みと熱に鼓動が弾けそうになる。先程の飢えた姿とは違う様子に密かに安堵するも状況はあまりよろしくない。
目の前の祓魔師は随分と気を悪くしている様子で、再び振り上げられた斧がそれを物語っている。
「だったらそのまま死んでくださいまし!!!!!」
振り下ろされた斧を避けつつも地面に突き刺さった際に激しい石礫が飛び散る。目元を擦り砂埃と共に入ってくる痛みに思わず目を抑えながら触れていた熱が離れていく。
斧が振り上げられる前に、ガノンの力強い蹴りが今度は祓魔師のお腹目掛けて繰り出される。
重たい斧のせいだろう上手くガードが間に合わずそのままお腹に衝撃を加えられ歪む表情と咳き込む姿。
「イヴになんつーもん振り下ろしてんだお前!!危ねーだろうが!!!!」
「ゲホッ……吸血鬼が人間を…祓魔師を守るなんて、なんて滑稽な光景ですのお馬鹿ですわ」
祓魔師の言う通り、吸血鬼が祓魔師を守る姿は側から見れば滑稽だろう。それでもあんなに震えていたガノンがそれでもイヴを傷つけまいとする姿を見て何も思わないはずがない。
惚けている場合ではなく、握っている掌により一層力が入る。
守られるのではなく守る、そう決めた筈。心の中で叱咤しつつもガノンよりも前に出れば立ち上がろうとする祓魔師の顔面に銃口を突き付ける。
「……何の真似ですの」
「賢い君なら分かるだろう。その状態から君が武器を動かすのが早いか、私の銃弾が君の脳天を貫くのが先か、簡単な話だ」
「…祓魔師も地に堕ちたじゃありませんの」
「君に言われたくないさ。……それに言った筈だ、私は祓魔師じゃない。"元"祓魔師だと」
迷ってはいけない、祓魔師である自分自身はすでに捨ててきた。今はただ彼の、ガノンの傍に居たい、その為ならば誰だろうと敵に回す心構え。
もう戻れないのならばどこまでも堕ちていく覚悟の元、僅かな理性を振り払い引き金に力を込める。
かちり、音が小さく響く。
しかしまるで拒むかの様に大きな鐘の音、街全体に響き渡る音色にぐちゃりとしていた思考回路が何処か冷えていく。本当にいいのだろうか、目の前の祓魔師を殺して、それが本当に正しいのか。
冷徹になれる、そう思っていた筈なのに思った以上に弱く脆い己に呆れてしまう。
此処で引き金を引ければ簡単な話だ、どうして茨の道を選択するのか、巻き込んでしまう彼に申し訳なく思ってしまうがそれでもこれ以上引き金を引くことは出来ない。
祓魔師として生きてきた理性が本能を阻む。
此方を真っ直ぐ見据える瞳が心の内を見透かしている気がして僅かに指先が震えてしまう。今此処で殺さなければ彼女は必ずまたガノンを殺しに来るだろうに。
そうなる前に何としても排除をしなければならないのに一度決意が鈍ると上手くいかない。
「今此処で騒ぎを起こして困るのお前だろ祓魔師」
「っ……」
優しく添えられた手はやんわりと銃口を下げ、斧を振り上げられないように警戒しながら耳元に聞こえる声に強張っていた体がじんわりと解けていく。イヴを気遣う様に、そして祓魔師を見据えつつ、ガノンの声色は何処か優しい。
祓魔師も向けられた銃口に避けられないと悟ったのだろう、小さく舌打ちをしながらも斧から手を離す。
「武器がなくても私結構お強いんですのよ。今すぐ肉弾戦に持ち込むことも可能でしてよ」
「これだけ暴れておいていくらお前が祓魔師でも街の奴らに何か言われるのは分かりきってる。此処が離れててもそろそろ騒ぎを聞きつけてやって来る。……怪我をしてるイヴを見て疑われんのはお前だよ」
イヴには十字架がない、周りから見れば一般人に見えるだろう。ガノンも吸血衝動がない今、人間に見られている場合もある。
大きな斧を振り回す危ない淑女、場合によっては祓魔師でありながらも彼女に疑いの目が向けられるのは必至。
行動や、此処まで追いかけて来る執着を見るに明らかに行きすぎていることは手に取るようにわかる。この場を見られて困るのは恐らくガノン達ではなく彼女だろう。
「脅しなんて随分と汚いことをなさるんですわね」
「イヴに手を出そうとしたお前よりは可愛いつもりだよ」
判断が鈍っていたイヴを庇う様にそのまま手を引かせることを選ばせようとしている。このまま続ければお互いに軽傷では済ませられないことは分かりきっている、しかし銃口をむけていたイヴの手が震えていた。
本来ならば仲間同士、傷つけ合うことだってあるはずのない間柄。いくら向こうがネジが飛んでいる祓魔師だとしてもイヴが少しでも望まないのならば。
ガノンのすることはただ一つ、イヴのためにこの争いを停戦させることのみ。
「今此処で俺が引き金を引いてもいいんだぜ、祓魔師」
脅しを重ね、祓魔師が引くのを待つ。その間終始大人しくしているイヴは一体何を思っているのはガノンには分からない。
それでも彼女が望む最善の選択の為に、ガノンは祓魔師を見据えた。




