02_祓魔師の少女と吸血鬼の青年②
夕暮れに染まる街、日陰が差し込み暗がりになりつつある路地、そこで疼くまる青年はどうやら吸血鬼。
少女の脳内に一瞬過ぎる可能性、此処最近の若い女が狙われる吸血鬼事件。目の前の青年の可能性がある、しかしその割には随分と疲れている様子に不思議に思う。
生憎髪も服も黒い、何処か怪我をしていてもよく分からない。しゃがみ込みジッと視線を向ければ赤い瞳が覗き見る。
「…そういうお前は祓魔師か」
「嗚呼その通り。質問があるのだがいいだろうか」
「……は?……なんだよ」
「最近此処一帯で吸血鬼事件が多発しているのだが君は関係しているのか?」
瞳は少女の首から下がる十字架に目が行く、祓魔師がよく持ち歩いている物であり吸血鬼が苦手とする銀で作られている代物。
否定するつもりもなく頷きながら質問を一つ、面倒そうな表情を浮かべられながらも確認を取りたいと真っ直ぐに視線が向かう。
吸血鬼事件にもし関連しているのならば見逃す訳にもいかない、既に手負いの様子だ、狩るのは難しくないだろう。
じっと青い瞳が青年を捕らえる。小さく息を吐く音が耳に届けば、壁に大きく身体を預けながら唇が開かれる。
「…知るかよ。俺はついさっき此処に着いたばっかだよ、別の祓魔師に追われて。けど俺はお前の言う事件に関わってねぇ」
「……ふむ、そうか」
「…祓魔師が吸血鬼の話を信じる訳ねぇとは思うけど」
「いや信じるよ。君がそう言うなら」
「………は?」
半ば諦めた様な言い方、吸血鬼の言い分などどうせ信じないのだろうと滲み出る呆れた声色。しかしあっさり信じられずるりと間抜けな声が出る。
まじまじと目の前の少女を見るが少女は至って真面目な顔で答えている、嘘をついている可能性もあるが特に何かをする様子も無い。
ごそりと懐を漁る様に身体が強張るが出てきた物はハンカチ一枚、そっと汚れている顔を優しく拭くように押し当てられますます混乱するばかり。
「怪我をしているだろう。手当をしよう、君歩けるか?」
「…お前自分が何言ってるか分かってんのかよ、俺は吸血鬼だぞ」
「嗚呼知っているが」
「祓魔師が吸血鬼助けて何になるんだよ、そもそも俺が嘘を吐いてる可能性だってあるだろうが」
「私が探している吸血鬼は君じゃない、ならば私が君を助けても何も問題はない。それに君が嘘を吐いていたとしてそんな無駄な時間を使う前に私の喉元を食い千切る事くらいするだろう?」
自身が一体何を言っているのか自覚はあるのか、青年の表情はそう語っている。しかし少女は一体何をそんなに気にしているのかと首を傾げるばかり。
祓魔師が手負いの吸血鬼を助ける事などあり得るのだろうか、罠かもしれない、甘んじて受ける訳にはいかない筈。
しかし真っ直ぐな少女の瞳に警戒をしている自分が馬鹿らしく感じる、そもそも少女の言う通り、そんな暇があるなら生き延びる為に噛みつき血を貪るだろう。
瀕死に近い吸血鬼なら尚の事、生きる為に血を求め喰らう、それが普通だ。
渇いた喉が小さく鳴りそうになるのを無理矢理押し込めながらも、くたびれた今の状態、目の前の祓魔師に多少なりとも身体を預けてもいいかもしれない。
いざとなれば少女の言葉通り噛みちぎればいい。
「……いいのかよ、俺を助けるって事は俺を追ってる祓魔師を敵に回すって事だぞ」
「そうなるな。私は他の祓魔師にあまり興味が無いからな関係ない」
「…………変な祓魔師だなお前」
「よく言われるよ。私は変わっていると、だがまぁ変わっている祓魔師が一人くらいいても大丈夫だろう」
顔を汚れをハンカチで拭き取りながらも全く気にしていない様子の少女に思わず笑ってしまいそうになる。
変わった祓魔師、吸血鬼を狩る為に優しくする祓魔師がいない訳ではないが少女からは微塵も感じられない。
ただ向けられるのは気遣う様子だけ。大きく息を吐きながら身構えていた身体の緊張の糸を解く。
噛みちぎるのはよそう、と頭の隅で考えながらじくじくと痛む脇腹を抑えながら吸血鬼は今最も欲しい物を口にする。
「…腹減ったからなんか食い物くれ」
「…………血とかを要求される気でいたんだが予想外な言葉に少し動揺してしまった」
「このぐらいの怪我なら飯で十分なんだよ。だから助けてくれんなら食い物くれよ、祓魔師」
「私を変わっていると言うが君も少し変わってるよ。この状況で血ではなく食べ物を要求されたのは驚きだ、だが祓魔師という呼び方はやめてくれ」
吸血鬼でありながら血ではなく要求されたのは食べ物、普通の物を要求されあまりに想像してなかった言葉に少女は驚いてしまう。
この状況でそれなのか、とまじまじと見つめながらもそれが欲しいと言うならばと腰を上げつつふと気になってしまう。
祓魔師と呼ばれるのはあまり好きではない少女、それが吸血鬼相手でも変わらない。
「私の名前はイヴ。祓魔師ではなくそう呼んでくれ」
イヴ。少女は自身の名を告げ一度この場から去りながら急足で青年の求める食べ物を取りに行く。
去ったのを確認しながら何処までも変わっていると思いながらも、つい笑いが込み上げてしまう。
律儀に名を告げた少女の名を紡ぐ様に唇が動く。
───イヴ、と。