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18_血の渇き③


 路地裏を抜けかなり人通りが少なくなり、賑わっていた場所から寂れた場所へと移り変わる。ただ一心に走っていたガノンは息を乱し汗が流れ、同時に喉が渇いていた。


「ガノン。もう大丈夫なはずだ、ありがとう運んでくれて…」

「……早く、もっと遠くに、彼奴に追いつかれる前に…」

「……ガノン?」


 脳裏に浮かぶのは渇いたこと、祓魔師(エクソシスト)から離れること。今のガノンの思考はその二つで埋め尽くされていてイヴの問いかけも耳には一切入らない。

 ただもっと遠くに行かなくてはならない、勝手に動く様に脚がどんどんと歩を進めていく。その顔色は明らかに悪く青白くなっていくガノンの表情に思わず掴んでいた服を強く掴む。


「──ガノンッッ!!!!!」

「っ……!!!」


 声量を大きくし呼び止める。耳元で呼び止めたからより一層聞こえているはずだ。

 肩を大きく震わせ何処か焦点の合っていなかった瞳がゆっくりとイヴの方へと向かい色を帯びていく。今気づいたかの様に丸みを描いた瞳と共に進んでいた脚がふと止まる。

 落ちない様に支えたまま腰が抜ける様に座り込む衝撃に思わずしがみつきながらも深く吐かれた息に漸くまともに会話が出来る様子。


「………悪い、イヴ。もう撒いた、のに……」

「いやありがとうガノン、君のおかげで助かった。……だが君の顔色がかなり悪い、大丈夫か…?」

「……さっきの彼奴見たら色々思い出して、悪いけどもう少しこのまま休ませてくれ」

「それは構わないが……」


 届いた声、しかし青白い肌、汗が垂れているのに指先が驚くほど冷たい。くしゃりと髪を乱暴に掴みながら蹲るような形で抱き抱えられれば動くことも満足に出来ない。

 ただ息が全く整わず、何処か震えている様子に先ほどの祓魔師(エクソシスト)の姿が脳裏を過ぎる。イヴにとっては初めて見る祓魔師(エクソシスト)でありきっと別の教会に所属している祓魔師(エクソシスト)なのだろう。


 既にガノンと相対している様子からしてあの日路地裏で会った時の怪我の原因は彼女かもしれない。大きな斧を振り回すくらいの力の持ち主、相対すれば無傷で済まないのは必至。

 今回は上手く逃げ切れたが次に相対した時果たして無傷で逃げ切れるだろうか。


 なによりも今のガノンの状態がとても良いとは言えない、抱えている力が強くなっていきまるで縋り付くように抱き寄せられている。


「休むにしてももう少しまともな所で休もう、こんな道端では休まらないだろう?」

「……っ、は、っ……はっ……」

「…私の声が聞こえているか?ガノン、返事をしてくれ、ガノン…!」


 次第にどんどんと呼吸が荒くなっていく、触れている部分が痛いくらいに強く押さえつけられ僅かに傷に響く。しかしまたガノンに声が届かなくなってしまったこの状況、先程と同じようにまた大きな声を出すべきか、そう思案していると真っ赤な瞳がイヴに向けられる。


 熱を帯び、まるで飢えているかのように、この視線、イヴは何度も経験している。


 この瞳は、吸血鬼(ヴァンピール)特有の、血に飢えた時のもの。何度も向けられてきたこの視線に反射的に背筋にぞわりと悪寒が走る。

 思わず身体が引けてしまうと同時に勢いよく突き放され距離が生まれる。


「……っ、ガノン……?」

「…っ……悪い、今の俺に近寄らないでくれ……すぐに落ち着かせるから」


 向けられていた視線が外され蹲りながら息を整え、吸血衝動を抑え込んでいる。吸血しないように考えないように、一瞬でもイヴの血が欲しいと思った自分を恥じているのかじりじりと距離を置き顔を俯かせる。

 吸血鬼(ヴァンピール)にとって飢え、渇いた状態がどれほど辛いか、人間のイヴには分からない。それでも今のガノンが苦しそうにしているのは容易に分かってしまう。


「……ッ、くそ、なんでこんな時に、さっきまで落ち着いてただろ、っ…!!」

「ガノン、大丈夫か…震えて」

「近寄るなって言ってるだろ…ッ!!!!」


 反響する怒鳴り声。明らかに拒絶するような声色に肩が震えてしまう。触れようとした手は勢いよく弾かれじんわりと広がる痛みに改めて拒絶されたことを身体と心が自覚する。

 苦しそうに心臓の上を押さえ、息を荒げながら歯を食いしばる。弾いた瞬間一瞬負い目を感じてはいたがすぐさま瞳は熱を帯びる。


 弾かれたことで思わず座り込み心臓が大きく脈拍を始める。じわりと心に侵食するぽっかりと開く空洞感、満たされていたものがこぼれ落ちていくような感覚、余裕のないガノンに何を言っていいのか分からずにいた。


 気休めなんて通じない、慰めも違う。労わることも自己満足であり、吸血鬼(ヴァンピール)に求められ与えられるもの、祓魔師(エクソシスト)であるイヴには一つしか思いつかなかった。


「……血が」

「…………あ、?」

「…血が欲しいなら私のをあげる。今の君の状態からして血が足りていないんだろう、なら今私の血を飲めばいい」


 淡々と告げてしまえば拒絶する色が強くなっていく。顔が見れない、思わず視線を下に逸らしてしまいながらも冷静に言葉がすらすらと出てきてしまう。

 しかしそれを受け入れてくれるガノンではない。


「やめろ。もう何十年も吸ってない……今吸えば歯止めが効かなくなるのが容易に想像できる、大人しくしてれば治るからお前は少し離れてろ」

「……その間にさっきの祓魔師(エクソシスト)が来たらどうする、なら一刻も早く回復すべきじゃないのか」

「…ッ、だからいらないって言ってるだろ!余計な事言ってないで早く離れろって…!!」

「……っ、余計な事じゃないだろう…!!!」


 遠ざけようとする言葉に大きな声が響く、その声色は何処か震えていてガノンは俯いているイヴの顔色を伺う様に視線を向ける。

 顔はまだ上げられていない、項垂れる様に俯き、白い髪が顔をより一層隠している。髪の隙間からぽたり、と何かが落ちる。


 ぽたぽたと地面に滲む光景に瞳が見開かれる。

 泣いているのか、と声を掛ける前に上げられた顔からは涙が溢れている。青い瞳を潤ませぽろぽろと頬を涙が伝う。


「君がそう言うなら待てば落ち着くんだろう…、でも私はあんな君の顔を見て落ち着けない、君がまた苦しそうにするくらいなら血なんていくらでも渡す、私に出来ることなんてそれくらいしか思いつかない」

「……言っただろ、何十年も飲んでない。吸い方なんて忘れてるだろうし、お前に痛い思いはさせたくない。血を吸えば忘れてた頃に戻れなくなる、困るのはお前だ…これから先俺にずっと吸血される気かよ」


 泣いてる姿に視線を外しながらガノンは気遣っていた、実際吸血をせずに此処数十年生きてきた為に久しぶりの血を飲んだ身体は潤いを求めきっと乱暴に吸血をしてしまう可能性だってある。

 怪我の完治していないイヴだ、より一層怪我の回復が遅れるに違いない。なによりもイヴに痛い思いをさせたくない、と強く考えているガノンは先程弾いた手を後悔しているくらいだ。


 だから離れて欲しい、今だけでいい、そう思い願い拒絶をしたのにイヴは離れない。


「君がそれを望むなら、私は君にいくらでも吸血される」

「……おかしいだろお前、吸血鬼(ヴァンピール)に進んで吸血される奴なんて普通いねーよ。……頼むから、お前に酷いことしたくねーんだよ」


 もう少し、もう少し落ち着く時間があれば、と呼吸を整えつつ遠ざけようとするガノンの隙間を埋める様に手に触れる。

 今度は拒絶されない事に緩く手を握りながら伝う涙をそのままにただただ真っ直ぐにガノンへ視線を向け、気遣う姿にそれでも、と身体を寄せる。


「……君になら、酷いことをされてもいい」

「…………は?」

「それで君が苦しまずに済むなら私は君に吸血される事を望むし……私は君に困ることなんてないよ、だって私は君が好きだから、これから先もずっと」


 痛み、酷いことがあっても、それでもガノンが苦しまずに済むなら迷わず吸血されることを選ぶ。気遣ってくれる優しさに甘んじ受け入れることだって出来る、それでもその優しさに甘えることはできない、ガノンがそれで苦しむのならば容認することはできない。


 例え何度突き放されても迷わず選ぶ、ただただ真っ直ぐに、イヴの一途な気持ちに心が揺れる。


「だからお願いガノン。……私を拒まないで」

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