17_血の渇き②
揺られること数十分以上。彩られていく景色の先にどうやら目的の街へ列車が停まる様で過ごしていた所とは違い既に駅が倍以上大きく瞳をぱちくりさせてしまう。
人も建物も、明らかに違う、賑わっている雰囲気と共に通りすがる人の中に明らかに人間じゃない者達も紛れ込んでいた。
「……此処は吸血鬼も普通に街に溶け込んでいるのか」
「この辺りは割と吸血鬼が多く住んでる。結構昔に来たけど今もそんなに変わってない感じだな」
「此処には祓魔師はいないのだろうか」
「流石にでかい街だしいるとは思うけどそれこそ誰彼構わず吸血鬼狩りする奴はいないと思うけどな」
ゆっくりと停まる列車、次々に降りていく波に従い共に降りれば見知らぬ土地、見慣れない建物に多少なりとも緊張してしまう。
思わずガノンの裾を軽く掴み逸れない様に意識を向ける。その仕草がまるで迷子の子供のようで思わず笑ってしまいそうになるが。
勇ましかった路地裏とは違う大人しくなった姿になんだか子うさぎみたいだと密かに思う。
「こんなに人が多いのは初めてだ。……あ、待て待てガノンそんなに早く歩かないでくれ」
「悪い悪い。…お前小さいから埋もれそうだよな」
「そんなことはない…はず……だ」
自信なさげな顔色に揶揄い過ぎたかと思い空いている手で裾を掴んでいた手を掴む。これなら逸れる心配もなければ埋もれてもすぐに引っ張り出せるだろう。
確かめるように握りつつも思ったより小さな手、普段この手で吸血鬼と相対してるのかと思うと流石の一言に尽きる。
突然握られた感覚にきょとりと瞳をまん丸にしている為より一層子うさぎ感が増しているが手を繋いでいる状況に嬉しさの方が募る。
ふにゃりと緩んだ頬はガノンのむず痒さを刺激しているのだが当のイヴ本人はその事には気づいていない。
「………ほんと、嬉しそうだな」
「ん?ガノン何か言ったか?」
「なんでもねーよ。ほら早く出るぞ」
大人びたと思った矢先に子供っぽい雰囲気を出されれば多少なりとも困惑はする。緩みきった嬉しそうな顔に思わず溢してしまった言葉を誤魔化す様に少し強めに引っ張りながら人混みから離れる。
昔に数回来たことがあるだけで土地勘があるわけではない、とりあえずどちらへ向かうかと思案していると視界の端に映った人物に心臓が騒つき思わず足が止まる。
大きな斧、桜色の髪、黒い服、そして胸元からぶら下がる十字架。
間違いない、捉えた祓魔師はガノンを襲撃した人物。こんな所にまで来ていたのか、反射的に繋がっている手に力が篭ってしまえばイヴから心配そうな眼差しが向けられる。
「……ガノン?どうした、手が……震えて」
「…っ、イヴこっちだこっちに行くぞ」
まだ間に合う。まだ向こうは気がついていない様子、心配そうなイヴを他所に今は耳にまともな声が入ってこない状態。逃げろと警報が強く鳴り響いており、多少強引に引っ張り急いでこの場を離れようとする。
しかし生憎運は味方しない、不自然に身体を停止させた瞬間祓魔師はぐるりと反転しガノンを視界に捉える。
端麗な顔立ちを歪め、口元をつり上げながら背負っている斧を手に取り一目散にガノンの方へと走り出す。
「漸く見つけましたわ吸血鬼!!!!」
身体を大きく跳躍させ大きな斧を振りかざす。迷いのない瞳の先に映るのは今まさに逃げようとしていたガノンの姿のみ。
他の人なんて関係なしに振りかざすその斧の先が何処を向いているかなんてイヴには容易に想像がついた。
危ないと思う前に臨戦態勢の信号が身体を走り抜ける。ガノンの身体を思いっきり押し斧に当たるギリギリを避ける様に倒れ込む。
その衝撃に漸く周りが見え始めた様子で地面へと振り下ろされた衝撃音に視線が注がれる。
歩幅一つ分、後ほんの少しで切られていたであろう距離にある斧に血の気が引く。
「あら、あと少しでしたのに届きませんでしたわ。まぁいいです、んしょ……楽にしてあげますからお待ちになってくださいね吸血鬼♡」
地面にめり込んでいる斧とまるで襲い掛かるのは当然とばかりにけろりとした表情を向ける祓魔師。軽々と斧を引っこ抜き、そのままもう一度斧を振り上げる。
「待て君。往来のど真ん中で襲撃とはあまりいい趣味とは言えないな、その斧引っ込めてもらおうか」
「あら?貴方吸血鬼じゃありませんわね、人間…でしょうか?あらあら、危ないですわよ其方の殿方は吸血鬼ですから血を吸われてしまいますわ」
「知っている。彼は私の大事な人だ、手出ししないでくれるか祓魔師」
今、イヴには十字架はない。此処で同業者と言っても無意味だろうに、しかし此処で引けば間違いなくガノンが斧で斬られてしまう。
吸血鬼と親しくするのがそんなに可笑しいのか、祓魔師はぴくりと眉を顰め何処か不機嫌そうに表情を歪める。
邪魔をするならば斬る、表情から窺える言葉遣いとは裏腹に滲み出る歪んだ部分。
「……それは私の邪魔をする、と捉えてもよろしくて?」
「それは此方の台詞でもあるが。彼に手出しするというならば私もそれ相応の、っ……!?」
じわりと感じる明確な殺意。それが今ガノンと共にイヴの方にも向けられつつある。非常事態、しかしガノンに手を出されかけて黙っていられるほどイヴは大人の対応は出来ない。
思わず挑発しようとすれば身体が急に浮かびだし、何事かと思っていればどうやらガノンが抱え始めた様子。
祓魔師と距離を取り、どんどんと人混みの中に流れる様に抱え走られ、背後から案の定祓魔師が追いかけてくるのがよく見える。
「ガノン、っ!彼女は祓魔師だ!私を抱えていてはすぐに追いつかれる、降ろしてくれ…!」
「ダメだ!!!」
「な、っ……!?」
「彼奴はやばい、彼奴は吸血鬼以外も平気で殺す頭のネジが飛んでる奴だ、お前も死ぬぞ!」
既に背後の祓魔師の強さを知っているガノンはイヴが同じ様な目に遭わない様に、と出来るだけ距離を取り人混みから外れなければと考えている。
ガノンの言葉通り通行人を容赦無く突き飛ばし最短距離で追いかけてくる祓魔師は鬼の形相をしている。
ただただ殺意が一直線に向いている、どんどん近づく距離とチラつく斧にこのままでは二人とも真っ二つに斬られるのは時間の問題。
「右に曲がってくれ、このまま人混みの中を走るのは危ない、狭い路地の方へ…!あんな大きな武器だ、狭い路地に入れば簡単には振り回せない!」
「わかった…っ!けど、俺も土地勘ないから行き止まりになる可能性も…!」
「大丈夫だ、私が足止めする」
本来であれば吸血鬼を撒き、体制を整えさせる代物ではあるが祓魔師相手に使い事になるとは思わなかった。
指示に従い路地の方へと入ってくればすぐにまた祓魔師の姿が。近付く距離と共に懐に仕込んでいた物を取り出す。
「逃がしませんわよ吸血鬼!!!お待ちになりなさい!!!!」
「君に捕まるわけにはいかない。悪いが撒かせてもらう…!!」
勢いよく地面に叩きつければ薄暗い路地裏に一気に眩く閃光を放つ。至近距離で浴びた祓魔師はあまりの眩しさに視界が真っ白になり思わず追いかけていた足が止まる。
「ああっ……!!!な、なんですの、これ…!!」
その隙に二発目、地面に叩きつけた物は勢いよく白煙へと代わりより一層視界を覆い認識させなくする。立ち止まった事で距離が生まれどんどんと姿が遠くなっていく様に今は早くもっと距離を、と走る足が加速する。
これで少しは時間が稼げるだろうと思いガノンに身を預ける。
しかしガノンは祓魔師の襲来により忘れかけていた喉の渇きを思い出す。イヴを抱えているから尚更刺激される渇きに心臓の脈打ちが早くなる。
血が欲しい。
──吸血鬼の本能がそう呼びかけを始めた。