16_血の渇き①
揺れる列車の中、駆け込み乗車ならぬ飛び込み乗車をしたが駅員には気づかれていないらしくお咎め無し。出来るだけ人が少ない所に腰を下ろしガノンはイヴのおかげで渇きがなくなった事に安堵していた。
イヴは終始ご満悦な表情を浮かべながら鞄の中身を確認しようとしている。
「それイヴのか?」
「いや、私のじゃない。ほら酒場にいた彼が用意した物だ。急いでいたからな、受け取った後中身を確認せずに来た」
「………それってイヴも一文無しって事か」
「失敬な。財布くらいちゃんと持ってる……………多分」
口元を隠しながら急いで来てくれた事実に緩んでしまいそうなのを耐えつつ、何処か自信のないイヴのしょんぼりとした姿が面白くて笑いが溢れてしまう。
じとり、と咎める様な視線に咳払いをしイヴ本人は先に荷物の確認をする事を選んだらしい。
視線をゆっくりと動かしている最中、瞳がくるりと丸みを浴び始める。
「どうしたイヴ、なんか変なの入ってたか?」
「……変なの、というか私の祓魔師としての仕事道具が詰まってるな、銃も弾丸のストックも入ってる」
「イヴのなのかそれ」
「いや、私が使ってる物と同じ物、だが私が使ってた物じゃないな」
使い込まれた物ではなく明らかに真新しい新調された銃を手に取れば、普段使っている物と形も握り具合も一緒。強いてあげるとすれば新調されている為に少々握り心地に違和感がある、それとほんの少しだけ重たい、くらいか。
弾丸も綺麗に数ケース用意されていて暫く困る事がないくらいには準備万端整えられている。
店主の粋な心遣いなのか、しかし祓魔師を辞めるつもりで出てきた手前祓魔師として動いていいのか悩み所ではある。
とりあえず何かあった時の為の保険と思えばいいだろうか。
「そういえばこの列車何処に向かってるんだ?」
「東の方。此処の街は結構田舎だからな、吸血鬼だって気付かれるとすぐ広まるだろうけどでかい街に行けば多少なりとも過ごしやすいと思ってよ」
「そういうものなのか」
「そーゆーもんだよ」
窓の外を何処か慣れない様な瞳で眺め過ぎ去っていく景色を追いかける。何処か落ち着かない様子で鞄を行ったり来たり、窓に寄ったり離れたりと挙動がおかしいイヴ。
一体全体どうしたのか、ぱちりと視線が重なれば何処か恥ずかしそうに口元をもごつかせ指先を意味もなく動かしている。
「どうした?」
「……いや、あの。実は列車に乗るのが初めて、で……あと、あの街の周辺以外行った事ないから遠出も初めてで落ち着かないんだ」
「は……?いやいや、待てよ祓魔師って遠方とかに行ったりしないのかよ」
「他の人達は知らないが私はなかった。そういった仕事を受けたことはない」
「……じゃあ、ずっとあの街にいたのか?」
「母があそこで私を育ててくれていたからな。出ようとも思わなかった」
箱入り娘、というわけではないが他の街に行った事がない事実は驚きだ。祓魔師は遠方に行くと聞いた事があるガノンからして見れば随分と窮屈な生き方を強いられていた様に思える。
否、そもそもイヴの様な若い祓魔師を見たのは初めての事。まだ大人には遠い少女の顔立ちを残しているのに実践に駆り出されているとはあの街の祓魔師事情は厳しいのだろうか。
祓魔師事情を気にする必要もないが。
「そういえばお前親には出てくって言ったのかよ」
「言わなくても問題ない。既に他界してる」
さらりと告げられた事実に鈍器で殴られた様な刺激が入る。何ともない顔をしているが少女のイヴが祓魔師をしている理由が垣間見えた気がして気まずくなる。
言わせたくないことを言わせてしまったかもしれない。
「……悪い」
「気にしないで欲しい。今のご時世孤児なんて珍しくないだろう?それに祓魔師の仕事をずっと続けていると生と死の境界がいまいち曖昧になってしまうし孤児でも立派に此処まで育ったからな、産みの親には感謝が尽きないよ」
根が図太いのか、それとも気を遣っているのか。イヴの表情から見て明らかに前者である事は紛れもないだろう、気にしてないのは本当で不思議そうに首を傾げられてしまう。
確かに祓魔師として仕事を続けていれば境目は曖昧になってしまう、そうさせた吸血鬼がガノン自身な為に罪悪感を抱いてしまうが。
「私としては祓魔師だったから君と運命的な出会いをしたわけで、祓魔師として生きてきて正解だったな、と自分自身に感謝している」
「………お前さぁ、よくもそう恥ずかしいことさらりと」
「君が好きだからな」
「ごほっ……!!」
胸を張る事なのか。ストレート過ぎる好意に思わず咽せてしまう、そういえばそうだった。イヴはガノンに恋をしている、そう本人から告げられたことを思い出す。
戦闘中だったにも関わらず告げ、出来れば場所を考えて欲しいと顔が熱かった記憶がある。現在進行形でガノンの今の顔は赤いが。
好き。そう言われるのは悪い気はしない、しないがまだ出会って数日、更に言えば最初に告げられた時は出会って数時間しか経っていないあの状況。言われてはい付き合いましょう、とはならない。
どうしたものか、と気管を整えながら思案するがまるでいい考えが出てこない。
そもそもガノン自体まともな恋愛を経験していない為にどう受け答えをしていいのか分からない。
「…とりあえず好き、は分かった。分かったけど一旦保留で、俺達会ってまだ数日だし互いのこと全然知らないだろ。そもそも吸血鬼と祓魔師だし」
「まぁそうだな。私も君のことをもっと知りたいしそして知った上で更に好きになりたい」
「………………だからまずは友達から、てことでいーか」
吸血鬼と祓魔師が友達。それもまた世間一般的にはおかしい話ではあるがガノンが絞り出した答え、まずはお互いを知る事が大事だろう。何よりこれから一緒に行動するのだから。
「おお、私友達と呼べる人が今まで居なかったから初めての感覚だ。君と友達なのは嬉しいな」
「あの酒場の奴は?」
「彼は友達と言うより仕事の取引相手とかの感じの方が近いな。仕事以外で顔出ししなかったし……」
「……あー、まぁ、なんか距離感見てたら確かにそんな感じあったな」
知り合い以上友達未満と言うべきか。仕事の取引相手と言われてしまえばそれまでだが、ガノンから見てもそんなに距離が近い様な感じはしない。無論助けてもらったことには感謝はしているが、何故だかイヴに感じたほっとけない感じとはまた違う。
何が違うのか分からないがイヴを一人にして怪我を悪化させたくないとそう思ってしまう。
「なら友達の暁に言うけど、その怪我完治するまで無茶な行動はすんなよ」
「え。………無茶な行動ってどれくらいだ?」
「とりあえずその鞄俺が持つ。重たい物もあんまり持つな、療養しろ馬鹿」
「私そんなに柔じゃないぞ、君心配しすぎなんじゃ…」
「イヴの身体に傷残って欲しくねーんだよ、それに心配くらいさせろ。お前が倒れてどれだけ心配したと思ってんだ」
鞄を引っ掴まれそのまま隣に置く様に取られてしまえば少しだけ過保護な様子。反論しようとした言葉がガノンの言葉によって遮られ一瞬で無くなっていく。
その言葉はずるいと、そう思わずにはいられない。
心配してくれている、気遣ってくれている。喜びで心音が高鳴りつつそう言われればそれ以上の反論なんて出来るはずもない。
嬉しい。熱くなる頬と恥ずかしくてガノンから視線を逸らし窓の方へと向けながら心臓が落ち着くのを待つ。
「……君がそう言うなら大人しく、する」
「そうしてくれ。お転婆すんなよ」
「…………はい」
揶揄うように告げられた言葉に今は素直に頷くことしか出来ない。
ガノンはずるい、そう思いながら。
──近日子供の失踪が多発。ただし身元が判明し辛い孤児を狙った犯行の為事件性が明るみになっている失踪が少ない。
──吸血鬼が関与している可能性有り、ただちに調査せよ。