15_ただ君の側にいたい⑥
走って辿り着いた先に目当ての人物がすぐ見つかると思っていたが街唯一の駅、人混みがどれだけいるのか想像がつかなかった。滅多に来ない駅、勝手が分からずただ貰った券を握りしめまだ行かないでくれ、と願うまで。
此処からじゃよく見えない、もっと高い所から見なければ青年を見つけられない。
そう思い段差のある所へ向かおうとすれば人が密集する箇所がある。あんなに集まって何を、そう考えていると隙間から見えた探していた人物の姿が。
「───あの姿…っ!!」
間違いない、あの姿は紛れもなく探していた人物であり追いかけていた青年の姿。
人混みに阻まれ辿り着けそうにない状況に身体が勝手に動く。段差を利用し遮蔽物を踏み台にしながら大きく跳躍させ人混みを飛び越える。周りの視線が痛いが今は気にしている場合ではない。
降り立つ前に見えた見知った祓魔師の姿と持っている物に心臓がざわつく。勢いよく青年の前に着地すれば祓魔師、否ネロは驚愕した表情を浮かべる。
「私の大事な人にナイフを向けるとはいい度胸だな君は!!彼に手出ししないでもらおうか、ネロ」
間に合った。見たくない物を見ずに済んだ事に多少なりとも安堵しながらも既にそのナイフは血で汚れている。
一気に熱くなる感覚に思わずネロを睨みつけながらナイフとは逆に持っている十字架にも視線が奪われ益々苛立ちを誘われる。
その十字架はイヴ本人の物、しかしそれはイヴが青年に預けた物。それを何故ネロが持っているのか、鞄を掴む力が強くなっていく。
「彼にナイフを向けるだけじゃ飽き足らず私の首飾りまで彼から奪うとかいい身分だな」
「は……?ちょ、待てよイヴ…!これは其奴があんたから奪った物だろ!!それにそもそも其奴は…!」
「その首飾りは私が彼に預かってもらった物だ。奪われたわけじゃないし、彼の悪口を言うなら例え君でも私は容赦しないぞ」
イヴの登場に少なからずネロに動揺が走り、向けていたナイフを思わず引っ込めてしまう。明らかに怒らせているこの状況、だがしかしネロからしてみれば何故吸血鬼を庇う様な真似をしているのか疑問を抱いしてしまう。
吸血鬼である事を知らないのか、そう思い口に出そうとするが間髪入れずに強い口調で押し込まれる。
苛立っているのか、瞳をつり上げ鬼の形相でネロを睨みつけるイヴの表情は周りから見てもかなり怖いもの。
そんな中、苛立ちを隠していないイヴに躊躇なく青年が肩を掴み近寄ればイヴの表情も柔らかくなる。
「……悪い、返すのすっかり忘れてた。…巻き込んで悪いほんと」
「気にしなくていい。もう私には必要無いものだ、が……君以外の手に渡るのはそれはそれで嫌だな。ネロ、返してくれそれ」
「はぁ?なんでそーなるんだよ、つーかイヴまじで祓魔師辞める気かよ!?俺は認めねーぞ!!」
「君に認められなくても私は辞める!君にあれこれ口出しをされたくない!」
青年に対して穏やかな物言いではあるがネロに対しては多少棘を含んだ物言いにより一層ネロ自身不満が膨らんでしまう。ぽっと出の男、しかも吸血鬼相手に何故こうも遅れを取らなければならないのか。
何より吸血鬼にすっかり気を許しているイヴに対しても気に食わない部分が出来てしまう。
二人の祓魔師の争いに見てるだけしか出来ない青年、どういった状況だと言わんばかりに目をぱちくりさせている。
両者一歩も引かない様子だがそれに終止符を打つ形で大きな汽笛が駅全体に響き渡る。
「っ、やべ……列車がもう出る…!」
「それはまずい、これ以上此処で足止めを食うわけにもいかないな」
「おいこら待てよ、俺の話はまだ終わってねーし吸血鬼となんか行かせるわけ……っ!!」
今すぐにでも発車しようとしている列車に視線を互いに向けながらも行かせないとばかりにイヴを止めようとネロが阻む。
これ以上邪魔されたくない、折角会えた青年との時間を奪われてなるものかとイヴは思いっきり力を込める。
「君は、本当にしつこい…!!!!」
「ぶ、ッ!?!!」
「あ」
手に持っていた鞄を勢いよく振り翳せばネロの顔面に思いっきりぶち当てる。勢いよく直撃すれば何が入っているのかイヴ本人も中身を確認していない為分からないが鈍い音がする。
間違いなく固そうな音にネロは目の前がチカチカしふらつき始める。その隙間を縫う様に青年の手首を掴み勢いよく走り出す。
注目されているが今のイヴは気にならない、ただ早く列車に乗らなくては。そればかりが今のイヴの脳内を占めていた。
「おい、イヴっ…おま、いいのかよさっきのあれ!」
「何がだ!」
「さっきの鞄のだよ、お前の知り合いなんだろあの祓魔師の奴!」
「君を傷付けようとした彼奴なんてもう知らない!君の方が大事だ!!」
「うっ………」
人混みをすり抜けながら何処か気遣う青年の言葉にぴしゃりとイヴは切り捨てる。何処か拗ねた様な物言いとストレートな言葉に黙るのは青年の方だ。
出会った時からストレートなイヴの言葉に心臓が少しだけキュッとなる感覚は何度体験しても慣れない。此方が恥ずかしくなる様なことばかり、少しばかりずるいと思ってしまう。
ゆっくりと列車が動き出し始めた。まだ少し距離がある、そう思った瞬間力強く青年の手を引き駆け出す様にイヴが先頭を行く。
「飛び乗るぞ!!」
「はっ!?……っ、あー、もう!分かったよ…!!」
掛け声と共に先にイヴが跳躍し勢いよく列車の手摺に捕まればそれに続く様に青年も共に飛び乗る。危険な行為な為真似はしない方がいいと思いつつも無事に乗れ上手く着地出来た事に小さく息が漏れる。
街からゆっくり離れていく様を眺めながらこれで暫く祓魔師には追いかけられないだろうと頭の片隅で考える。
どうやらそれはイヴも同じ事を思っていた様で安堵の溜息が盛大にこぼれていた。
「……はぁ、これで此処の祓魔師達も簡単には追ってこれないだろう。良かった間に合って」
「間に合った、とは言えねーだろ。ギリギリだギリギリ」
「間に合ったよ。だって君に会えたんだから」
その一言に思わず咳き込んでしまいそうだったがギリギリまでイヴを待っていた青年もまた同じ気持ちだったからより一層気恥ずかしさが襲う。
同じ事を思っていた、照れ臭いために言えないがもう既に後戻りが出来ない所まで列車は進んでいる。
「……今更だけどいいのかよ。俺に着いてくるって事は結構危ない事に巻き込まれるかもしれねーぞ」
「それは奇遇だな。私も少々乱暴に離れてきたからな、祓魔師達が追いかけてくるかもしれない」
「……あと、俺今金そんなにねーから贅沢とかも無理だぞ」
「君といられるだけで充分だよ。むしろお釣りが出るくらいだと思っているんだが?」
「………はー、お前本当変な祓魔師だよ」
しゃがみ込みながら頭を抱えるがしかしそうなる事を望み列車の券を置いてきたのは青年本人であり、イヴの嬉しそうな顔を見たらそれ以上何も言えなかった。
嬉しそうに笑ってるイヴの表情を横目で見ながらとりあえずこの街から出来るだけ離れるかと思いつつイヴの手を取る。
「……ガノン」
「……え?」
「俺の名前だよ。君、じゃなくてガノンって呼んでくれよイヴ」
漸く伝えられた名前。漸く知れた名前。
嬉しさを噛み締めながらイヴの表情がさらに緩めば思わず笑ってしまいそうになる。なんて緩んだ顔なのだろう、そう思わずにはいられないくらい今のイヴの顔は緩々になっている。
ふにゃりと緩んだ顔で笑われて仕舞えばそれ以上何も言えない。揺れる列車の中その緩んだ頬に手を伸ばしながら、一緒に居られる事にお互いに喜びを感じている。
「うん。ガノンこれからよろしく頼む」
「おー。……よろしくなイヴ」