14_ただ君の側にいたい⑤
現れた祓魔師は知らない顔、どうやら青年を襲った祓魔師ではない事に静かに息を漏らすが安堵している場合ではない。
突き刺さる視線に後ろめたい事がないわけじゃない故に慎重に言葉を選ばなければ。
「吸血鬼だ。始末をするから道を開けてくれ、このままじゃ皆に被害が掛かってしまう」
流石祓魔師というべきか。混乱していた人混みが次第に落ち着きを取り戻し騒がしかった空間がゆっくりと静かになっていく。
青年の血を吸い多少落ち着きを取り戻した吸血鬼だが唸り声をあげ続けている。一度祓魔師の視線が下を向いたが先に人の安全確保の方が優先されている。
このまま抑え込んでいる吸血鬼を渡していいだろうか、今すぐにでも列車に駆け込みたい衝動に駆られている。
「おいあんた、その吸血鬼を連れてこっちまで来てくれるか。流石にこんなど真ん中で始末するわけにもいかねーから」
「………………分かった」
此処は逃げ出すより素直に従いその後速やかに退散する方が得策だ。
引き摺る様に吸血鬼を祓魔師の方へ連れて行きつつ鈍い痛みにくらりと頭が揺れる。流石に血が足りてないか、食事で回復したとはいえ無くなった血は吸わないと取り戻すのに時間が掛かる。
ほんの少しだけ渇きそうになる喉を気の所為だと思わせながら抑え込む力が強くなる。
「其奴をこっちに……、あんた顔色悪くないか?その吸血鬼は後は俺が引き受ける。渡してくれ」
「………ああ」
まずい。一度喉の渇きを思い出すとそれしか考えられなくなる、血が足りていればこんな事なかった筈なのに、祓魔師との戦闘が思った以上に血を削っていた様だ。
少しだけ乱暴に抑え込んでいた吸血鬼を押しつけ、祓魔師の背中を見ながらどうにか誤魔化さなければ。
始末しているのか、僅かに響いた鳴き声と視界に映る赤い血に心臓が騒ぐ。
喉が渇いた。足りない。欲しい。
脳内を駆け巡る吸血鬼としての本能が理性を邪魔してくる。やめてくれと大声で叫びたくなるほどに頭がぐちゃりとかき混ぜられている感覚に襲われる。
血じゃない何かを口にしなければ。鞄の中に手を乱雑に入れながら何か口に入れる物を、と探していればその拍子にかつん、と床に転がり落ちる金属音。
響いた音に視線が誘導されると同時に祓魔師の顔色が変わる。
「……おい待て、それ、この十字架は」
「………っ、ぁ」
拾い上げられる十字架の首飾り。それは返し忘れたイヴの物であり、祓魔師は十字架を手にするや否やじろりと青年へと視線を向ける。
その表情は明らかに友好的ではなくて、強く十字架を握りしめながら勢いよく詰め寄る。
「なんであんたがイヴの十字架を持ってんだ!?」
「…っ、!!」
胸ぐらを掴まれ揺さぶれながら問い詰められる言葉に思わず青年の瞳が見開かれる。見知った名前、その名前が今目の前の祓魔師から零される。
イヴの所有していた十字架、それを見ただけで分かるということは親しい間柄の可能性も。
こんな時に。そう思わずにはいられない、祓魔師といえど人間であり渇いている喉に刺激してくる誘惑に牙が出そうになる。
「っ、ちょっと待てって…!確かに其奴はお前の言うイヴの物だけど訳ありで預かって…!」
「嘘吐くんじゃねーよ!!此奴は彼奴の大事な物だ!おいそれと他人に渡すかよ!!」
「本当だ…っ!!イヴ本人から渡されてんだ…!」
冷静になる様に多少早口になりながら距離を取ろうと試みる。しかし意味はあまりなく寧ろより一層祓魔師の声は荒がるばかり、掴まれる手首を掴み返しなんとか呼吸を確保すれば祓魔師の瞳が険しくなる。
荒く息を零した事で僅かに見えてしまった牙、明らかに先程までとは違う様子に祓魔師の本能が告げる。
「…あんた、吸血鬼だな?」
「────ッ」
確かめる様に零された言葉は青年の心を刺激し、動揺を誘う。気付かれたと冷や汗が垂れれば先程の吸血鬼に使ったナイフが向けられる。
「吸血鬼がなんでイヴの十字架を持ってんだ。…イヴに、彼奴に何した……っ!!」
「だから、っ……!イヴには何もしてねーって…」
「イヴの怪我の原因あんただろ、彼奴に怪我させて血吸って十字架を盗んだのかよ…!!」
話が通じない。一方通行の様に責め立てられるも吸血鬼の気付かれた時点で受け入れるしかないが、イヴの怪我が酷くなった原因はある意味青年も関与している為に言葉に詰まる。
だが此処で騒ぎを大きくして他の祓魔師に見つかる事も避けなければ。
吸血鬼の言葉に耳を貸す祓魔師なんて居ない、だからこそ相対すべき存在同士。
吸血鬼もまた祓魔師の言葉を聞かないのだから。
祓魔師の手首を無理矢理引き剥がし力一杯押し返す。出来た隙間を広げる様に駆け出し列車の方へ。
「おい待ちやがれ…!!!」
列車に乗り込み人混みに紛れるしかない。この街にこれ以上滞在すれば吸血鬼である事がこの街の祓魔師にあっという間に広がるに違いない。
人混みをすり抜けながら走るが先程の騒ぎで多少注目されてしまっていたのかすぐに道が塞がれる。
迫る祓魔師の影にどうする、と焦る思考回路を動かす。関係のない人間を混乱させるわけにもいかない、けれどこのまま追いつかれれば間違いなく軽傷では済まされない。
ふと、頭上に影が通る。なぜ急に、そう思ったのも束の間視界に映る見知った白い髪に驚愕する。
「私の大事な人にナイフを向けるとはいい度胸だな君は!!彼に手出ししないでもらおうか、ネロ」
響く凛とした声、待ち望んでいた人物。
青年と祓魔師の間に入り込み大きな声を上げるイヴの姿に青年の心は安堵の色に染まる。
──来てくれた、その事実に気持ちの昂りが隠せないでいる。