13_ただ君の側にいたい④
人、人、人。
周りをどれだけ見渡しても酔ってしまいそうなくらいに溢れかえっている駅はこの街唯一の駅であり当然といえば当然だ。
出来るだけ気配を殺しあまり人とぶつからない様に意識を向けつつもついつい背後を振り返り出入り口を確認しながら目当ての人物が来ないか未練がましく待ってしまう。
変わった祓魔師。自身よりも吸血鬼の青年を気にかけ怪我をする祓魔師。情けをかけるかと思えば割と容赦無く吸血鬼を狩った祓魔師。かと思えば死体となった吸血鬼を気にかける祓魔師。
今まで色んな祓魔師に出会ってきた青年だがあんなに変わった祓魔師に出会ったのは初めての事。
本来ならすんなりと離れればいいのに怪我が治っていたのにも関わらずついつい居座っていた。怪我が酷いのはイヴの筈なのにそれよりも青年の怪我が治っている事に誰よりも安堵していたのは彼女だ。
その顔が可愛いと思ったのは照れくさいので彼女には内緒だが。
「………はー」
思わず漏れた溜息を拾う者はいない。我ながら女々しいと思いつつ、乗るはずの列車に乗れていない。もう少し待ってみよう、もう少しだけ、そう思ってもう数十分以上は動けずにいる。
期待半分、不安半分、来て欲しい気持ちとは裏腹にだったら昨日の時点で連れて来れば良かったものの。
けれどもし昨日の時点で行かないと、そう言われる事を想像するだけでも心に来るのに現実でそう言われたら立ち直れる気がしない。
既にどうしようもなく情が移ってしまっている、離れ難い、だからこそ顔を合わせずに来た訳だが。意気地なし、とそうもう一人の自分が囁いてくる気がして地味にダメージが大きい。
うるさい、とそう思うも認めてしまう自分自身もいるのもまた事実でありその現実がより一層青年を落ち込ませる。
一人の人間に、少女に、祓魔師に振り回される時が来るとは思わなかった。
「──間もなく列車が出ます、お急ぎの方は御乗車下さい」
鐘が鳴る。
そろそろ列車の出る時間、ギリギリまで待ったけどイヴは来ない。名残惜しいが行かなくてはならない、重たい脚を引き摺る様にして列車の方へと踵を返す。
人混みの中に揉まれながら目的の列車に近づくと同時に近くから聞こえる誰かの悲鳴。
何事かと、女性の悲鳴、脳内に横切るのはイヴの姿だが声色が違う。
「吸血鬼よ、吸血鬼……ッ!!ちょっと警官の人呼んで来て、吸血鬼を連れてってちょうだい!!」
吸血鬼。そう呼ばれ一瞬肝が冷えたがどうやら青年の事ではなく犬型の吸血鬼らしい。
理性は無く唸る様に吠えるその姿は飢えからか、血を欲しているのだろう。どうやら女性が噛まれた様だが、女性は杖を振り回し吸血鬼が近寄らない様にと牽制している。
周りの人達も巻き込まれない様に間を空けている、まるで関わり合いたくないかの様に。
血に飢えた吸血鬼は凶暴だ、それは人に限らず言えること。飛び出しそうな吸血鬼はすぐにでも女性の喉元に食らいつきそうだ。
捕らえられた吸血鬼の行く末は想像がつく、祓魔師じゃなくても吸血鬼対していい顔をする人間は少ない。周りの反応からして察しがついてしまう。
だけど保身に走るのもまた吸血鬼、巻き込まれて吸血鬼だとバレてしまえば面倒事になる。
「………なるんだけどなぁ」
脳内を過ぎるのはイヴの姿。もしこの場に彼女が居たならばきっと見て見ぬ振りはしない。
道端に転がっていた吸血鬼を殺さずに食材を与えたくらいの変わり者、祓魔師なのにと思わずにはいられない。
吠える吸血鬼の声を聞きながら人混みを掻き分ける、バレるかもしれない、気付かれるかもしれない、それでも考えることはただ一つ。
この場にイヴがいればきっとこうするだろうと、そう思ったから。
「──大人しくしろ…ッ!!!」
他の吸血鬼よりも頑丈に出来ている、だから多少牙を立てられてもあまり痛みは少ない。
腕を口元に運び勢いよく敢えて噛ませながら取り押さえ、そのまま女性から引き剥がす様に引き摺るも飢えの力かなのか激しく暴れ回る。ぎちぎちと食い込む牙の感覚に鈍い痛みが走るが耐えられないわけじゃない、ならこのまま連れ去るのが一番の筈。
「俺が此奴を連れ出すから道を開けてくれ…!!」
背後の人混みに声を掛ければざわざわと騒がしくなり徐々に道が出来上がる。けれど駅の中、人混みに溢れている状態、すぐにぶつかり合い上手くいかなくなる。
「ひっ、吸血鬼……!」
「おい退けよ…!こっちに来るぞ!」
「ちょっと危ないじゃないの!」
人が居ては吸血鬼を抱えたまま近づくわけにはいかない。その間にも逃げ出そうと何度も顎を動かし噛みつかれる。
いくら頑丈とはいえ長時間は耐えられそうにない、このまま抱えて何処か人の少ない所まで駆け込むべきか。
思案する中、人混みの中を掻き分け青年に近づく一人の姿が。迷いのない足取りの中青年の身体に影が入り込み見上げれば視界に映る十字架に冷や汗が垂れる。
「其奴吸血鬼か?」
「…………あー、まぁ、そんなとこ」
向けられる視線の言葉に何処か曖昧になってしまう。間違いない、この十字架はイヴが持っていた物と同じ物。
──祓魔師だ。