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11_ただ君の側にいたい②


 寂れた酒場、どうやら本日は少々客の出入りが激しい様子で何やら騒がしい様子にイヴはどう入ろうか、と出入り口の前で立ち往生をしていた。


 別にそのまま入れば何も問題はないのだが包帯だらけの少女が入れば多少なりとも店に迷惑を掛けるかもしれない、窓から除けば店主は忙しそうに酒を注いでいる。


「あ」


 出直すべきか、そう思案しながらも裏口からなら入れるだろうかと向かえば思いもよらない人物に思わず声が出てしまう。


「よう、イヴ。おかえり…ってゆーのも可笑しいか、俺の家じゃねーし」

「君こんな所に居たのか」


 裏口の階段に座り込む青年の姿に安堵した様な気持ちと共に会えた事で嬉しさを噛み締める。相変わらず黒い服に身を包んでいるがマントを取り顔がよく見える。


 路地裏の騒動から数日、青年は此処で怪我の療養をしている。気絶したイヴと怪我をした青年を偶然見つけたのが此処の酒場の店主、イヴと顔見知りもあり事情を話した所一旦イヴが目覚めるまで匿う事になった。


 そのあと目覚めたイヴが詳しい事情を話し、怪我が治るまでの条件下の元青年は此処に身を置いている。見た所顔色も悪くない、怪我の具合も随分回復した様に見える。


「…お前の怪我はまだ全然治ってねーな、包帯だらけだし」

「これでも大分マシな方だ。握力が低下しているとはいえ問題無く生活も出来ている、君の方は…もう随分と良さそうだ」

吸血鬼(ヴァンピール)は傷の治りが早いんだよ。それに飯を腹一杯食ってる訳だしそりゃ早いだろ」


 青年の隣に腰を下ろればジロジロと身体全体を見られれば思わず背筋が伸びる。視線の先は勿論包帯だらけの身体ではあるが。


 人間のイヴとは違いやはり吸血鬼(ヴァンピール)は傷の治りが早い、ただ血を飲んでいる訳じゃないから他の吸血鬼(ヴァンピール)よりは遅いかもしれないが。


「巻き込んでしまった手前君の身体を心配していたが治ったのならよかった」

「……お前さぁ、俺の心配より自分の心配しろよ。その怪我もお前が無茶してなきゃもう治ってたんじゃないのかよ」

「うっ、それはまぁそうだが……」


 指摘されればぎくりと肩が跳ねてしまう、青年の言葉通り確かに無茶をしなければ治っていた怪我はある。

 お叱りを甘んじて受け入れつつ、青年の手が緩く腕を掴み包帯に巻かれている部分をなぞる。


「……傷残んの?」

「…いや、多分時間は掛かるがちゃんと消えると医者も言っていたから問題はないとは思うが」

「ふーん」


 緩く、優しく、青年の指先は労わるようにイヴの腕を撫でながらその仕草が妙に擽ったくてそわそわと落ち着かない気持ちにさせられる。


 此方を覗く視線も何処か柔らかく思わず顔に熱が集中しそうなのを追い払う様に頭の中で別の事を考えていれば青年からは百面相をしている様に見えただろう。

 生憎青年はイヴの怪我の具合の方に意識を向けていた為に百面相が見れていないが。


「…そ、それより君どうしてこんな所に?何処か出掛ける所だったのか?」

「いや?お前帰って来るの待ってた、一緒に飯食おうと思って」

「………うっ」

「どうしたんだよ急に、なんか変な顔してるぞお前」

「……待っててくれたのが嬉しくて」

「……そうかよ」


 イヴの素直な言葉に今度表情を変えるのは青年の方、何処かむず痒く、思わず顔を背けてしまいながらも触れた手はそのまま。


 触れられている部分が妙に熱く感じてイヴの心音はどんどん早くなってしまうし、顔を背け、髪の隙間から覗く赤い耳に心臓がきゅぅ、と締まる。


 早る鼓動を抑えながらこのまま此処に居ては傷に触るだろうと思ったのだろう、青年はするりと指先を滑らせ軽く手を握りながら立ち上がる。軽く引っ張るようにされればその弾みでイヴも連れられる様に立ち上がる。


「飯、用意してくれてるから食おうぜ」

「…後で御礼を言わないといけないな」

「…ん。今日の飯はシチューだって」

「それはあったまるな」


 さりげない優しさが沁みる、司祭に言われた言葉でチクチクと刺さっていた感覚がどこかに消えていく。思わず浮かべてしまう笑み、指摘されない様に隠しながら握力が入り辛い手にほんの少しだけ力を込める。


 気を遣い、階段を登り終えるまでしっかりと手を繋いだ青年はそのまま裏口から店の中へ、蝋燭の灯りを頼りに用意されている一室へと向かう。


 歩くたびにギシッと僅かに軋む木の音に耳を傾けながら、そういえばそろそろ夕飯時だなと頭の片隅で考える。律儀に待ってくれていた青年に感謝しながら、用意された部屋へと入れば既に机の真ん中には鍋が。


 どうやら青年が既に準備を整えてくれていた様子。


「じゃあ私はパンを用意する。シチューをよそってくれるか?」

「ああ、わかった」


 シチューをかき混ぜる音を聞きながら昨日残しておいたパンをちぎりつつ皿に乗せる。勿論店主の分は残し机の上に置けば同時によそわれたシチュー皿もことりと置かれる。


 吸血鬼(ヴァンピール)には銀の食器は使えない、なので皿もスプーンも木材で出来た物を用意している。もちろん問題ない様にイヴが使用する物も同じだ。


 そういえばいつ教会の事を言おうか、大胆にももう祓魔師(エクソシスト)には戻らないと豪語した手前、いつまでも此処に居候するわけにもいかない。

 荷物は処分してくれと頼んだ、ならば取りに帰るのも厳しいだろう。


 手を合わせシチューを口元に運ぼうとすれば、食べる前に青年の口が開く。


「怪我も治ったし、俺明日には此処を出ようと思う」

「……………え?」


 ああ忘れていた、そういえば青年は此処に長居するわけじゃなかった。


 けれど青年の言葉にイヴは動揺してしまいスプーンを落としてしまった、治っていた心音がまた早まったのは言うまでもないだろう。

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