10_ただ君の側に居たい①
とある国、とある街、吸血鬼を狩る祓魔師の多くが身を寄せている教会は直々に仕事を斡旋する他、情報を多方面に共有し、吸血鬼の情報を張り巡らせている事が多い。
その為吸血鬼を狩れば例え教会からの指示や依頼でなくても自ずと情報が筒抜けになり教会に知れ渡っている。
こつり、と靴音が響く中、正面に見据える司祭は個々の教会を束ねる人物であり全ての吸血鬼を敵だと認識している。その為に吸血鬼を狩れば司祭から称賛の言葉や報酬金がたんまりと貰える為に祓魔師のほとんどは教会から依頼を受ける事が多い。
今回依頼を受けたのは教会ではないが生憎既に教会に知れ渡っている事実、身体の痛みがまだ取れてない中、イヴは司祭と相対している。
「今回の吸血鬼討伐御苦労だったなイヴ。此処最近彷徨いてた憎き吸血鬼を狩れた事称賛に値するぞ」
「………要件はそれだけだろうか。ならばもう帰ってもいいか」
「まぁ待て、そう急かすな。前々から言っていると思うがお前は腕は良いが教会の思想とは少々ズレている、何度も言うが吸血鬼は我々人間の敵、祓魔師は吸血鬼を狩る為の存在だ、それを忘れるな」
「…………………」
「イヴ、お前には何度も何度も言っている筈だ。いい加減聞き分けなさい」
司祭、そして教会の思想。それはイヴにとっては何度聞いても理解し辛い事であり、理解したいとも思わない内容だ。
会う度会う度こうやって思想を説いてくる司祭の言葉を何度も耳にしただろう、その度に無理矢理気持ちに蓋をしながら右から左へと言葉を流してきたのだが。
「…なら、……なら私は今からもう教会の仕事は受けない、私に与えられている部屋も荷物も全部処分してくれ」
「……は?おいそれはどういう意味だ、イヴ。自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「私の思想と教会の思想は違うらしい、無理に合わせる必要もない。私はもう此処を出て行く」
脳裏に浮かぶ青年の姿に思わず反発の声が上がる、周りからすればまるで子供が駄々を捏ねている様にも聞こえるだろう。
しかしイヴは実際幼いながらも多くの吸血鬼を狩ってきた実績を持ち、それは教会だけではなく他の祓魔師も認めざるおえない実力だ。
そのイヴが抜けるとなると少なからず傾きが出てきしまうもの。司祭の顔色も冗談だろう、と本気にはしてないが多少なりとも焦りは出ている。
「冗談を言うのもいい加減にしろ。お前の様な子供が教会の支援もなく生きていけると思っているのか?何より幼少時のお前を引き取って以来お前は祓魔師以外での生き方を知らない筈だ、そんな無理が通るわけがない」
「………これで失礼させていただく」
「──イヴッ!!!!待ちなさい!!」
怒鳴る様に響く声を無視しながら重たい扉から抜け出ていく。閉まる際に此方を見ていた司祭の顔色は明らかに動揺を隠しきれていない。
その表情に少しばかり胸がスッとする思いを抱きながらも司祭の言葉が脳裏に反響する。言葉の通り、イヴは祓魔師以外の生き方を知らない。
教会に拾われてから吸血鬼を狩る事しかしてこなったイヴにとってはいざ祓魔師を辞めるとなると未知の領域だ。
「──随分と大胆な事してんだな、イヴ」
「……ネロ、君か」
このまま早く教会を出ようと急足をしていたイヴの足を止めたのは同じ祓魔師である青年、ネロ。
ひらりと手を振る仕草と共にまるで先程の会話を盗み聞きしていたかの様な物言いだがおそらくそうではないのだろう。
「聞いたぜ?また無茶な事したって、吸血鬼を倒すのにそんな無茶なやり方する祓魔師なんてあんたくらいだろーな」
「別にしていないだろう」
「わざわざ自分の血を囮にしたり、そんな怪我までしたりする奴なんていねーよ」
「…………」
返す言葉もない、事実未だに完治していない包帯だらけの身体とまた新しく出来てしまった傷によって更に完治を遅らせている。
暫く無理をしない方がいいだろう、まだ握力が完全に回復していない掌を握りながらもネロの視線は外されない。
「あんたさ、わざわざ苦手な武器使わなくてもいーんじゃねーの。一番銃が苦手だってあんた言ってたろ」
「…いいんだこれで。今は何も問題無く戦えているし今はこの武器が一番身体に馴染む」
「けどその武器に替えてから吸血鬼の討伐数も大分落ちて…」
「いいと言っているだろう。私の問題だ君には関係ない」
ピシャリと思わず強い口調が出てしまい静まり返る空間に居た堪れなくなる。ネロの言葉通りイヴは苦手な武器で吸血鬼と相対している、此処数年の話だが。
吸血鬼との戦いをそもそも好んでしていなかったイヴなりの僅かな抵抗なのだろう。無論狩らなければいけない吸血鬼を逃す訳にもいかないために苦手な武器以外にも仕込んではいる。
武器を変えた事で前よりも吸血鬼を討伐数が減った事を司祭に何度も指摘された事もある。
それでもイヴは嫌がり銃を握った。
「……私はもう行く」
「…次いつ戻って来るんだよ、あんた最近教会から依頼受けるの減ってるって聞いてるけど一体どこから」
「私はもう此処には戻らないよ。荷物も全部処分して貰うように司祭に言った、君とももう会うことはないかもしれないな」
「……は?」
側を通り過ぎながら背後から掛けられる言葉にもう一度を足を止め振り向き様に先程の司祭とのやり取りを告げれば驚いた様にネロの瞳が見開く。
面食らった表情と共にそれ以上何も言わないイヴは今度こそ歩みを止めない。
もう戻らない教会には。ずっと過ごしてきた場所だが此処はイヴの居場所ではなかった、これからどうするからこれから考えればいい。
背後から聞こえて来るネロの呼び掛けに気づかないフリをしつつ今はただ青年の顔が見たいと思う。