使い所は今だろ
浜浦の短編へようこそ。
どこかで書いた短編を眠らせるのが惜しく、このページを作りました。
たまに更新するので、たまに覗いて、箸休めみたいに使ってください。
人にはそれぞれ一生で一度だけ『人生最後の究極呪文』が使えるという。大好きな人に捧げる『愛の言葉』であったり、憎き相手にぶつける『怒りの言葉』であったり、多岐にわたる。
どんな究極呪文を持ってるかは、呪文と心情がぴったり一致しないと発動しないらしいから、今の段階では自分がどんな呪文を持っているかはわからない。
クラスメイトの東 明はそんな貴重な究極呪文を小学生の時に使ってしまったらしい。
「おはよう吾妻くん! 今日も相変わらず猫背になってるね!」
「お前に姿勢がどうとかとやかく言われたくはないな」
俺が言葉を放ったのは、宙にういた制服だった。呪文がある世界と言えど、うちのクラスにサイキッカーになった奴はいないので、この制服の中身は人間ということになる。
明は一生に一回の呪文で、自分の体を透明にしたのだ。
明のように幼少期に呪文を使ってしまう人間は少なくない。だから町中には多少異形な奴もいるし、それが日常になっている。明も、周りの人間もそれを受け入れて個性の一つとしている。
でも俺だけは、この姿は決して放っておいていいとは思っていない。
*
明が透明になったのは小学校二年の時だった。それまでは明だって普通の人間として生きていた。泣き虫で、虫も殺せないほど怖がりで、昔から家が近所で、保育園の頃なんかは互いの家に入り浸りすぎて、それぞれ着替えが常備されるほどだった。
小学生になり子供なりの「社会」が形成されると、明は途端に一人になった。俺は体を動かすのが好きな奴らとそれなりに楽しくやっていたので、明の方も、しばらくすれば友達ができ、そのうち上手くやっていくのだろうと思っていた。
次の四月、明は別の生命体になっていた。顔があるはずの場所には向かいの家の玄関で、何も入っていない袖が揺れていた。エイプリルフールは終わったんだぞと言っても、給食を食べても、明日になっても、明は元には戻らなかった。しかも透明になった明は、明るくて、社交的で、誰にでも好かれる人間になった。幼い俺は、明は宇宙人に頭をいじくられたのだと思った。当時の将来の夢は、宇宙飛行士になって宇宙人を倒すと書いた。
*
それからというもの、明はずっと明るい人間で、ずっと社交的で、誰からも嫌われることなく高校生となった。
明とは真逆で俺は体格やら見た目やらが成長する過程で、距離の近い友人は減っていった。別に群れるのが好きなわけではなかったからこれはこれで、と思っていたがそうなると今度は、明の方から近寄ってくることが増えてきた。
「吾妻くんって、昔はもっと大勢で遊ぶタイプだったよね」
「だったかもな」
「吾妻くんももっと優しい顔をすればいいんだ。そうすればきっと」
「表情も本性もみせねぇ奴に、人づきあい云々語られたくねぇんだよ」
失言だ、とすぐに訂正しようとしたが同時に、いい機会だ、全部言っちまえと歯止めが効かなくなった。
「なんなんだよ、急に透けるって。どんな呪文を呟いたらそんなことになるんだよ。何をそんなに隠したいんだよ」
「私は、吾妻くんに」
「俺がそんなこと頼んだって言うのかよ。責任転嫁も甚だしいな」
「違うよ、あのね」
「わかんねぇよ何考えてんのか! お前何にも見えねえから!」
「聞いてよっ!」
明の大声は十年つるんできて初めて聞いた。思い出の明は臆病で、皆が好きな明は荒ぶるような感情とは無縁だった。その明が肩を震わせ怒鳴った。怒った。
「吾妻くんが沢山友達作るから! 私だって、作らなきゃって、皆と仲良くしなきゃって。吾妻くんに置いて行かれたくないから! でも、泣き虫で臆病な私じゃそんなの出来ないんだもん!」
明の透明化の原因は、明の極端な自己否定によるものだった。正直知ったこっちゃないのだが、明曰く数ナノメートルくらいは俺のせいらしいので黙って聞いておくことにする。
「吾妻くん沢山友達作っちゃうから、このままじゃすみっこにいるような私は埋もれちゃうから。……じゃあ、もう、泣き虫な私は消えるしかないじゃん……!」
なんだこいつ。
「要は寂しかったのかよ、お前」
「……うん」
「俺は明の顔が見れねぇ方が寂しかったけどな」
ずっと遊んでいた友達のはずなのに、気づいたら宇宙人みたいになってしまって、性格はまるで別人のよう。小学生の記憶なんて覚えてられるのにも限界があって、今じゃ本当に明の顔はこうだったのか、自信がなくなり、古いアルバムを引っ張り出して一安心することもある。ずっと一緒にいたのに、アルバムのお前に安心するってなんだそれ。
『俺は素顔のお前と遊んでたいよ』
「……ひどいなぁ、人がせっかく十年隠してたのに」
十年ぶりの素顔の感想は「お前なんも変わってないな」だった。