王太子殿下、すべての元凶はあなたです!婚約破棄して浮気相手との結婚に失敗した後、貴族令嬢との再婚、果たしてその結果は?
あら? 王太子殿下、そのように深い溜息をおつきになって。
いけませんわ。
溜息をつくと幸せが逃げてしまわれましてよ?
私のせいと仰いますの?
相変わらず被害妄想が激しいですわね。
違うと?
私が殿下を虐めているせいだと言いますの?
クスクスクス。
それほど落ち込まれるなら、お気に入りの愛人の方に慰めてもらってくださいな。
ええ、そうですよ。
殿下が最近仲良くなさっている子爵家出身の女官ですわ。
どうしましたの?
そんな「何故、知っているのか!」と言わんばかりのお顔は。
王宮の人間なら、皆、知っているのではないかしら?
あらあら。
そんな驚かなくても。
殿下は分かりやすいんですよ。
それと関係を持つ女性は大体決まってますものね。下位貴族の令嬢か平民出身者。分かりやすいにも程がありますわ。「どうして」と言いましても、殿下と関係を持った女性は例外なく私に自慢しにくるんです。こちらはあえて、見て見ぬフリをしてあげているというのに…。
違います。
殿下のためではなく、相手の女性たちのためです。
まあ、だって…殿下の相手は全員、未婚の女性なんですよ?
貞淑を求められる貴族令嬢にとって、王太子殿下のお手付きになったなど、結婚に影響するでしょう。
もっとも、平民階級なら良いという問題でもありませんわ。
王宮務めにくる平民の女性は一種の箔付け。身元も確かな資産家の御令嬢達ばかりですよ?
花嫁修業の一環で王宮で女官をしているに過ぎません。
なのに、その場所で大事な娘が“傷物”で戻って来るのですから、親御さん方の心痛も計り知れない事でしょうに。
王族に望まれて名誉な事だと?
殿下、先ほども言いましたが、相手は未婚の女性ですよ?
これが人妻や未亡人ならばとやかく言いませんが…。
何故と?
嫌ですわ!
未婚女性では“愛妾”に出来ませんでしょう?
他人の妻になっている方なら『公式愛妾』の地位を与えられて、生まれる子供は貴族としての身分が保証されますのに。ただの愛人ではそのような保証は与えられません。
あらあらあら。
その御様子では、ご存知なかったようですわね。
それで、どうです?
軽い気持ちで関係を持った女性の人生を破滅に追いやっている感想は。
そんなつもりは無かった?
殿下は学生時代から何も変わりませんわね。
恋に現を抜かして、恋人が自分の側近たちとも関係を持っている事にも気が付かずに結婚して、生まれてきた子供は誰の種か分からない子供。
結局、新妻と生まれた子供は処刑され、妻と側近たちに裏切られたと泣き叫んで落ち込んだかと思えば、今度は不用意な結婚活動。その考えなしの行動はいい加減お止めくださいな。周りに不幸を撒き散らかしているのですから。
まったく、自覚がないとは。
元婚約者の方も…殿下のせいで人生を台無しにされて、命も取られてしまったというのに…。
顔色が悪いですわよ、殿下。
大臣たちにも以前、同じような事を言われた事がある?
今はもう言われていない?
そう…殿下に愛想をつかしたのでしょうね。言っても無駄な人に何度も進言するなんて馬鹿げてますから。
なぜイレーヌを気にするのか、ですって?
月命日に欠かさず神殿に詣でているのか?
まあまあまあ、ご存知でしたの。
殿下の事ですから、てっきり彼女の存在自体をなかった事にされているのかと思いましたわ。
ほほほほほ。馬鹿になどしておりませんよ。
純粋に驚いているだけですとも。
もちろん、我が夫が不貞した挙句に自害するよう迫った相手ですもの。
かの侯爵令嬢の冥福を祈るのは当然では有りませんか。
理由を知りたい?
先ほど答えましたが…表向きの理由は要らないのですね。
殿下、それを教える代わりに一つお願いを聞いてくださいませんか?
内容?
それは後でお伝えしますわ。
大丈夫ですわよ。
私は殿下と違って命を取るような、非人道的な事は望みませんわ。
それで、お聞きになりますか?
先ほどよりも顔色を悪くして頷かれるなんて…まるで私が悪人のようではないですか。
いいえ、この場合“悪役妃”でしょうか?
婚約者に対して“悪役令嬢”などと戯言をほざいて、虐め冤罪の首謀者に仕立て上げ、大勢の前で婚約破棄を宣言されたのですから。妻の私を離縁する時はきっと“悪役妃”と叫ばれるのでしょうね。我ながらいいネーミングセンスですわ。
それで?
いかがなさいます?
聞きます?
あら、そんな悲痛な覚悟は必要ありませんわよ?
これは、殿下の二番目の妻として婚姻する条件の一つですもの。
あら?最初の妻は結婚自体なかった事になっている?
まあ、王家を謀った罪人ですからね。法的には結婚無効でしょうけど…結婚式をあれ程、豪華にしたのですよ?皆の印象に残って当然でしょう。
殿下、話の腰を折らないでくださいませ。
そうそう、殿下の元婚約者、イレーヌ・オールコット侯爵令嬢。
彼女は正に悲劇の令嬢でしたわ。
宰相の御息女で、その優秀さを見込まれ、王家から望まれて殿下なんかと婚約しなければならなかったのですから。王命での婚約であったのにも拘わらず、殿下は何故かイレーヌ様を毛嫌いなさって、王立学園に入学してからは、どこの馬の骨か分からない、平民の女生徒と浮気する始末。
挙句の果てに、卒業パーティーでの婚約破棄事件。
そのせいでイレーヌ様は「病死」を選ばれた。
客観的に考えても酷い話ですわね。
王家は鬼か悪魔の化身ではないかしら?
諸悪の根源は図々しく生き残って、人生を謳歌しているというのに。
イレーヌ様の死は自分のせいではない?
馬鹿ですの?
彼女は王妃教育を既に終了していたんですよ?
王家の暗部も当然知っていたはず。王家の弱みと言える情報を持っている以上、婚約がなくなる事は死を意味します。
だからこそ自害用の毒を呷ったのですよ?
どう考えても殿下のせいでしょう。
そんなつもりは無かった?
終わった後なら、なんとでも言えるでしょうね。
ご存知ですか?
イレーヌ様の悲劇は、今では劇にまでなってますわよ。
そのなかで、殿下と前王太子妃と嘗ての側近たちは“悪役”ですからね。
お間違えなきよう。
これから先も、殿下たちの名誉が回復する事は無いでしょう。
まあ、元々、挽回する名誉などありませんから、特に問題有りませんね。
私がイレーヌ様の冥福を祈り、王城の至る所に肖像画を飾り、彼女の劇を非難しない理由でしたわね。
ええ、彼女の肖像画を飾るように指示したのは私ですよ?知らなかったのですか?
あの肖像画のせいで王妃様が病んでしまわれた?
おかしなこと。私は美しい令嬢の絵を飾っているだけですよ?
王妃様は何か、やましい事でもあるのかしら?
人聞きが悪い?
侮辱するな?
それはこちらのセリフですわ。人の姉を死に追いやっておいて、何様のつもり?
何をそんなに驚かれているのです?
殿下…まさかと思ってましたけど、やはり、ご存知なかったのですね。
家名が違う?
私は生まれてすぐに公爵家に養子にいきましたの。
そんな話は聞いた事がない?
そうですね。私の場合「特別養子縁組」ですから。戸籍上でも今の両親の実子となってますわ。
お顔が変になってますよ。お口は閉じてくださいな、はしたない。
ふふふ。警戒しているのですか?
今更ですよ。
私が生まれた時は、少々政情が不安定だったのです。
公爵家には男子しかおらず、政略の駒になる女子が一人もいなかった。
そこで私を養子に迎えたという訳です。
宰相と公爵は盟友でしたから、私の養子話は、すんなりと、まとまったのでしょう。お父様たちが心配していた政情も、私が物心ついた頃に安定していましたけどね。
まあ、結局、現在、貴男の妻になってしまったので、政略の意味では成功していますわ。
人生なにが起こるか分かりませんわね。
言っておきますけど、宰相家も公爵家も、私を大変愛しんでくださいましたわ。
そこのところは勘違いなさらないでくださいね。
両家の行き来も頻繁にしていましたし、たった一人の姉であるイレーヌ様は、歳の離れた妹の私を可愛がってくださいました。
私もお姉様が大好きでしたわ。
お分かりになりましたか?
これが、私が貴男の元婚約者を気に掛ける最大の理由です。
国王陛下や王妃様は知っているのか?
さあ?
私からは告げてはいませんが、国王陛下は、私の普段の様子から察しているかもしれませんね。
王妃様はどうでしょう?
殿下同様に鈍い方ですからね。気付いていないのでは?
でも…そうですね、私とイレーヌ姉様は声がそっくりなんですよ。
その事には気付いているでしょうね。そして恐れている。
何故かって?
ふふふ。殿下は本当に何も見えていなかったのですね。
王妃様が王妃教育の名のもとに、イレーヌ姉様を折檻していた事。
出来の良いイレーヌ姉様が癪に障ったんでしょうね。
自分の息子と同じ歳だと言うのに、息子と違って才媛と名高い。
学園の成績もトップクラスのイレーヌ姉様に比べて、殿下は中の下。
国王陛下も殿下よりイレーヌ姉様ばかり褒め称えるのですから、鬱憤が溜まっていたのでしょう。
まあ、殿下そんなにショックを受けないでくださいな。
貴男のお母様は、貴男によく似た人種だっただけの事ではないですか。
流石は親子。そっくりでしてよ。
それで、私から殿下へのお願いですが…。
あら?ようやく効いてきましたか。
随分と苦しそうですわね。
何をしたのか?
殿下の紅茶に特別な薬を入れただけですわ。
ご安心ください。
毒では有りませんから。
ただ…喋れなくなって、寝たきりになるだけですわ。
妻をそんな目で見ないでください。
私は殿下と違って非情な事が出来ない、か弱い女なのですよ。
私の願いは一つだけ。
王太子殿下と王妃様が天命尽きるまで寝台にいてくれる事だけです。
簡単な事でしょう?
イレーヌ姉様と違って、貴男たち親子は“生き続ける”。
それだけでいいんですよ。
今だって、碌に仕事をこなさないのですから何も支障はありませんわね。
寧ろ、貴男と関係を持って不幸になる令嬢が減って良い事ではないかしら。
仕事の書類も、ワザワザ貴男の許可を取らなくとも済みますからね。時間のロスが減って円滑に行う事ができます。
あら? もしかして良い事ずくめじゃないかしら?
まあ、目に汗が出てますわ。
心配なさらなくても、介護のプロを手配いたしますわ。
そんな悲愴な顔をなさらないでください。
これも契約の内なのです。
あなた方が寝たきりになる事。それが、私が王家に嫁ぐ条件なのです。そうでなければ仇の元になど嫁ぎませんわ。
息子が二人いますから、王家の次代は心配いりませんしね。
後は、嫁入り用の王女が数名欲しいところ。なにしろ、周辺国がきな臭くなってますからね。結婚と言う名の外交を駆使しなければならないんです。
そうでしたわ!
私、殿下に一つ謝らなければならない事がありますの。
もっとも、私的にはちっとも悪い事をしたつもりは無いのですけれどね。
実は、子供達の父親は貴男では有りません。
ご安心なさって。殿下が選んだ前王太子妃と違って、息子達にはちゃんと王家の血が流れていますから。
相手は、王弟殿下ですわ。
ええ、国王陛下の歳の離れた弟君。殿下の叔父上です。
因みに、私と殿下は一度も肌を合わせた事はありませんのよ?
やっぱり気が付いていなかったのですね。
殿下との床入りには必ず薬を盛っていましたし、その後の小細工も少々。
ほほほほほ。当然でしょう。
何故、憎い男と床入りせねばなりませんの。
冗談じゃありませんわ!
貴男を許す事は決してありません!
この事は国王陛下の許可は取ってありますから、王家に対する背信ではありませんわよ。
だって仕方ありませんわ。
王家には跡継ぎが必要なんですもの。
殿下は子種がないので、他で代用するしかなかったんです。
いけない!
これは秘密でしたわ。
つい、うっかり!
子供の頃の高熱が原因なのですって!
なので、この先、殿下の隠し子が現れる事は有りませんから、ご安心ください。