6話
彼が初めに死のうとしたのは、ロイに拾われた次の日の朝だった。
彼の家族が嫌だった訳じゃない。
とても暖かく、マリターノにとってそれは感じたことのない温もりだった。
けれど、新たな生を与えられたとはいえ、もう一度生きようとは思えなかった。
最期に見た泡沫の夢、神様が最期にくれた慈悲。
そう思って、首をくくった。
あのときと同じように、苦しくて藻搔くけれど。
意識は遠のくばかりで…………
パキリ、パキリ、パキリ
壊れた隙から治すナニかが、この体には存在した。
体が治る度に正気が割れる音がする。
体が治る、首が絞まる、死ぬ、体が治る、首が絞まる、死ぬ、体が治る────
幸いにも首をくくった縄が脆かったのか、数時間の地獄の末に彼は解放された。
彼にとって二度目の自殺であり、それはまた自身が人間でなくなったことへの宣告でもあった、
▽▲
やっとの思いで森を抜けたマリターノは、西へ西へと道なき道を歩いていた。
ロイさんは無事だろうか、なんて考えている暇もないほど、道中は過酷だった。
あの後魔物の餌にされることは無かったが、何度か見付かりそうにはなった。
この数はやはり尋常ではない。
あの不可思議な女の仕業に間違いはなさそうだが……
「そんなに思い詰めた顔して、何かあったんですか?マリターノ君、顔色最悪ですよ?」
隣にいたユイが心配そうに声をかける。
突然現れた彼女に驚く様子もなく、ああと気の抜けた返事を返す。
「これくらいのことじゃ、もう、驚かないんですね」
「まあ、な。すまないが今は疲れていて構ってやれる気力はないんだ。また今度にしてくれないか?」
彼女は悲しそうに目を伏せる。
少し間を起き、そうですかとだけ残し彼に背中を向ける。
「確認が取れたので、私はこれで」
「村のみんなは?」
マリターノは歩みを止め、10年間見続けた背中に声をかける。
彼女もまたその場に留まり、後ろを向いたまま彼に問う。
「それは、どっちの村の話しですか?」
ユイは顔だけこちらに向け、今にも泣きそうな顔で微笑んだ。
華のように可憐な笑顔。
とっくに見慣れた笑顔のはずなのに。
どうしても、もっと見ていたいと思ってしまった。
聞かなければならない、
聞きたい、
聞きたくない、
聞いたってどうしようもない。
でも聞いてしまったら、2度とこの笑顔を純粋な気持ちで見ることが出来なくなってしまいそうで。
彼は考えることを、一瞬放棄してしまいそうになった。
「……やっぱり、マリターノ君は優しい」
「違う。これは僕のエゴだ!やめろ……僕のことを肯定しないでくれ…………ッ!」
"だって、ついさっき、僕はロイさんを見捨ててしまった。"
決して安易な気持ちで自殺をした訳じゃない。
理由は分からないけれどこんな世界に来て、持ちたくもない能力を貰って、外面だけは良くして。
ユイという可愛い女の子が、初めて僕に優しく接してくれた。
皮肉屋で太っているが、誰よりも他人のことを理解している友人に出会えた。
「僕はただ……偶然、持っていただけなんだよ…………」
次回に続く。
これから先は少し過去編になります。
そろそろ主人公以外の人間を掘り下げなくては……