4話
「お前を拾ったとき、俺ぁ目を疑ったよ。あんな膨大な魔力が爆発したのにもかかわらず、生存者がいるなんてな」
口調が鋭くなる。
それに伴い空気が変わる。
暖かいようで冷たく、ぬくいようで、実に殺意が籠っていた。
「ロイさん……?」
マリターノは今まで見たことのないロイの顔を見て、余りにちぐはぐな空気に気圧される。
明確な殺意はひしひしと骨を揺さぶり、漏れ出す怒りは寒気がするほど恐ろしい。
「そうだ、こんな機会中々ないしな。1つ俺の話をしようか」
ロイはふっ、と自嘲するように笑う。
「十年前、崩壊した村を通ったのは偶然じゃないんだ。いや、正確にはあの村……イスマ村の観察に行ったんだ」
マリターノは突拍子もないことを言われ戸惑うも、目線はロイに合わせている。
取り敢えず聞いてみようという姿勢だ。
「イスマ村は……まあ、とある神様を信仰してた。うちの国は宗教には寛容だが、坊主んとこはちと度が過ぎててな」
会話を一度やめ、ロイは不自然に色々な方向に目を向ける。
不気味な程に静まり返った森は、返答を持たない。
「嫌な予感はしてたんだ。唯一生き残った子供、記憶喪失、変な体質……ああ、くそ。もっと早く気付くべきだったんだよ、俺は」
「──ロイさん、一体なんの話を」
「まあ聞け。今は時間がねぇ。つまりだ、お前にまつわる謎は、イスマ村の信仰する神が関係している!その神の名は…………」
風が止む。
空気が凍りつく。
世界の活動が止まったかのように錯覚するほど、そこは無音で体を動かすことすら出来ない。
「……時間切れだ。坊主、森を抜け、ひたすら西に走れ。俺が現役の時に助けた村がある。俺の名前をだしゃあ悪いようにはしねぇはずだ」
広場の入り口に新たな影が映る。
細身で背が高く、やけに胸が強調された服装をしている。
編み込まれた髪を後ろに流し、端正な顔立ちに宿る表情は読み取ることはできない。
『久シぶりネぇ、勇者ロイ=ドゥラノア。元気してタ?』
「少なくとも貴様が再び俺と対面するまではな。早く行け!マリターノ=サンブレル!!……三分が限界だと思え」
その声にハッとするように、体は動くようになる。
ロイが発していた殺気の理由を理解すると共に、それでも情報の処理が追い付かない自分の脳をマリターノは忌々しく思う。
「二人でかかれば……!」
マリターノだって伊達に剣士をしていない。
勿論、目前の相手は彼の命が三桁あっても殺すことが出来ないくらい、彼我には隔絶した実力差があることは承知だ。
いくらロイだろうと、こんな化け物に一人で立ち向かえばたちまちのうちに死んでしまう。
何も出来ずに死ぬのなら、少しでも生存率の高い方にかけてみたいものだ。
けれど、
「往け、足手まといだ」
記憶が過る。
"また。
まただ。
僕は、何度同じ過ちを繰り返せば気がすむんだ?"
マリターノの脳裏に写し出された凄惨な記憶。
マリターノとして拾われる前の……ここに転生する前の物語が、歪な音を立てて軋む。
揺らぐ感情に任せて全てを解放してもいい。
見るも無惨な姿を晒して勝率のない勝負を挑んでもいい。
しかし彼には、マリターノ=サンブレルにはまだ、死ねない理由があった。
「ロイさん、ご武運を」
そう言い残すと背中を向けて駆け出した。
『あら……勇気がナいのねぇ』
「違うな、死に場所を弁えているだけだ」
マリターノは走る。
己の目的のために、大切な人を捨ててでも。