1話
俺は、馬鹿だ。
大学を中退し、ろくに働きもせず、実家で親のスネを齧って生きてきた。
けれど先日、ついに勘当され、はれてホームレスの一員となってしまった。つい一年前まではあんなに馬鹿にしていたのに、それの仲間入りとは皮肉なものだ。
けれど、家を失って気付いたこともある。
生まれて初めて、暖かい家のありがたみを知った。
生まれて初めて、母の作るご飯が恋しくなった。
生まれて初めて、自分のことを殺したくなるほど呪った。
だから、
「もう……僕は、自分が嫌なんだ!弱いし、顔も頭も悪い、大切な人すら守れない…………!!」
目の前で流れる鮮やかな血、床に溜まる汚物と血液の混ざった茶色の染み、天井から吊られて─────静かに揺れる、黒髪。
「嫌だ、嫌だ、嫌だッ!!どうして僕だけ……こんな目に合わなきゃならないんだ!」
そうだ、この世は理不尽で不条理で。
不平等なことだけが平等な世界。
息をすることすらままならない社会で生きていくのは、どうやら僕には無理なようで。
日陰にはいつまでも日は差すことなく、心に蔓延る茨の氷は溶けることなく。
「ああ、セナ。今からそっちに行くからね」
こうして彼は足元の台を蹴りあげた。
奇しくもそれは、彼が愛して止まなかった女性と同じ最期だった。
▲▽
剣を振る。
一定の間隔で鋭く振るわれるそれは、風を切る軽快な音を森に響かせる。
「マリターノ君、流石ですね。私が見てきたどんな剣士よりも、滑らかな動作です」
パチパチと拍手が聞こえ、分かりやすいよいしょが入る。
素振りを止め、声の主を見る。
「ユイ……ここには危ないから入ってくるなと言ったはずだが」
「"魔物がいて危ないから"でしょう?ここには貴方がいるのだから、貴方が私のことを守ってくださいね」
銀のポニーテールを背中で揺らし、眩しいくらいの笑顔でマリターノ……マリターノ = サンブレルにそんなことを言う。
「…………何度も言うが、僕はそんなに強くない。君のことどころか自分のことさえ守れるか怪しい。そんなに守ってほしいなら、村長の息子に頼んだ方がいい」
「むぅ、連れないことをいいますね。私だって何度も言いますよ!私は、貴方に守って貰いたいのですっ!決して、あのぼんくらではなくっ!!」
ガサリ、奥の茂みが不自然に揺れる。
そちらに目をやるのが早いか、それは姿を表した。
「ぼんくらで……悪かったな、ユイ。親父から伝言だ、飯が出来たとよ」
現れたのは太った青年。
ユイの身に付けている貧相な服とはうって変わって、華美な服を着て、目付きの鋭い一重の瞳で二人を睨む。
「あ、いや、その……違うんです……ぼんくらと言ったのは、その……言葉のアヤといいますか。……分かりました、今から向かいます」
彼女はチラリとマリターノの方向を見、男の方へ歩いていく。
心なしか歩みはどこか曇っているような気がした。
「……どんな気持ちで見送ればいいのか。まったく、僕の気持ちも考えてくれよ」
呟きは雄大な緑を育む森に吸い込まれる。