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猫がいた

 保健室。それは保健のための部屋である。

 学校という場所で気分が悪くなったり、怪我をした際に行く場所。もちろん、今も保健室では気分が悪い人や、怪我をした人で溢れているだろう。

  しかし、俺は違う。気分も悪くないし、怪我もしていない。

  じゃあなぜ行くのかって?それは――。


「あかりちゃーん、今日も来たよー」


「また君はサボりか、不良少年。高校生にもなって恥ずかしくないのか?」


  保健室の教諭、あかりちゃんこと小室暁が、他の生徒の症状などを紙に慌ただしくメモしながら俺に向かってそんなことを言ってくる。

  小室暁。髪は黒髪のロングで、顔は端正な顔立ちの品の良い印象を与える。おまけに年はもうそんな若くないのに、溌剌とした若さを感じさせる美しい大人な女性だ。

  俺の言った通り、保健室は他の生徒で賑わっていた。

  そう。俺が保健室に行く理由。それはただ単にサボるためだ。全ての学生がやったことがあるであろうサボり。「あー俺、熱あるから休むわー」とか、そういうの。それを俺は今堂々と、先生の前でしている。午前はちゃんと受けていたから、午後はサボる。それを毎日のように繰り返している。


「別にいいんだよ、高校生だからとか、そんなんは関係ないの。あ、ベッドどこ空いてる?」


  俺が言うと、あかりちゃんは紙に目を向けたまま一番端のベッドを指さした。


  「一番端か。うん、わるくない」


  そう思った俺は早速ベッドでみんなが頑張っている中サボる背徳感を全身で感じるべく、ベッドへと勢いよくダイブした。

  ベッドは大切に扱え!とか聞こえた気がしたが聞こえないふりをしておく。

  それから数分後、ベッドに横になって天井をぼーっと見つめていると、授業の始まりを報せるチャイムが鳴った。それと同時に、わらわらとしていた保健室は次第に静かになっていき、すぐに沈黙が訪れ、その沈黙を破るようにあかりちゃんのため息が聞こえた。


「さーて、静かになったことだし、今日もぐっすり寝ますかー」


「⋯⋯君は私をおちょくっているのかな?」


「別におちょくっているわけじゃないけど」


「まぁいいさ、終わりの鐘が鳴ったら叩き起してやるから」


「それはやめてください」


  そんなことされたらせっかくのサボりが台無しになるじゃないか。

  それからしばらくして、俺の意識は途絶えた。





「⋯⋯」


  数十分は眠っていただろうか。俺はベットから起き上がる。

  理由は、さっきから隣から妙に艶かしい声が聞こえてくるからだ。そのせいで目が覚めてしまった。確か隣は隔離されたソファがあるってあかりちゃんが言ってたような。

  俺はもう一度眠ろうと、再度目をつむる。


「⋯⋯んぅ⋯⋯はぁ⋯⋯ん⋯⋯」


  しかし、隣の隔離された場所からはそんな声が聞こえてくる。

  あーもう。ダメだこれ。覗くしかないわ。別に下心とかそういうのはないから。だって俺には「あの人」がいるし。

  そうして俺は下心無いとかぬかしてたけど、下心丸出しでカーテンをめくって、隣を覗いた。

  そして俺は固まった。息をするのを忘れるくらいに固まった。

  そして、俺は叫んだ。


「ね、ねこーっ!?」


  幸い、俺と入れ替わりで休んでいた人たちが出ていったからよかった。

  そこには猫耳の生えた少女がソファに横たわって眠っていた。

  肩をくすぐる程度の茶色の髪を突っ切って猫耳が生えていて、手足は細長く華奢で、その眠った顔は絵に書いたように美しかった。


「なにごとだ!」


  と、隔離されたソファのカーテンをめくり、あかりちゃんが入ってきた。

  そして俺と目が合う。あかりちゃんは驚いたような顔になり次に、はぁ、とため息をつきながら頭を抱えた。


「⋯⋯あかりちゃん、こ、これは?」


「⋯⋯はぁ、ついに見てしまったか」


  あかりちゃんはそういうと、めくったカーテンを閉め、中に入り、少し小さめの声で説明を始めた。


「あれは数ヶ月前のことだ。私は夜、職員室で事務仕事をしていた。そして仕事を終えた私は残っている先生たちに挨拶をし、戸締りをするため保健室に戻ったんだ。そこで事件は起きた」


  俺の喉がゴクリと鳴る。こんな話を聞いていれば当然だ。


「誰もいないはず保健室なのに、ソファの方からガサゴソと音がしたんだ。そこで私はおそるおそるソファを覗いた。そしたらびっくり仰天、こいつが眠っていたんだ」


「なるほど⋯⋯」


  俺は妙に納得したように腕組みしながら何度も頷いた。

  ⋯⋯要するにあれだろ? 保健室で俺と同じようにサボっていた女子が夜になっても眠ってて、しかも猫耳の飾りを付けてたんだろ?

  そう思った俺は、眠る少女の猫耳をひっぱる。


「飾りじゃ⋯⋯ない⋯⋯!」


「私と全く同じ反応をしたな」

 

「どういうこと!? この女の子はいったいどこから――」


  そう言いかけたときだった。


「⋯⋯ん、おはようあかりん。それと⋯⋯だれ?」


  俺を見ながら小首をかしげきょとんとする少女。

  いやいやいや! こっちが聞きたいわ!

  俺はそう思う気持ちを抑え、答える。


「お、俺は犬山健。ここの高校の2年生だ。君は?」


「私は小室寝子っていうの。よろしくね、健」


「ああよろしく、ってちょっと待ったぁ!」


  威勢の良いノリツッコミをして俺は言う。


「名前がそのまんまねこって! 誰が付けたんだよ!?」


「私だ」


「あかりちゃんかよ!」


  まぁ確かに猫耳生えてるし、いいと思うけど⋯⋯。

  そう思っていると、あかりちゃんが指をピンと立てながら語りだした。


「この名前はいろいろと凝っているんだぞ? まず見た目が猫だから寝子。よく寝ているから寝子――」


「ってそんなんを聞いてるんじゃない!」


  俺は身を乗り出して声を上げた。


「寝子! 君はどこから来たの!? それにその耳はなに!?」


「私はバーニャ王国から来たの。この耳は生まれつきだよ」


「バーニャ王国?」


  なんだその国は。異世界?

  俺は寝子の顔をしばらくまじまじと見る。

  毛穴ひとつ見えない透き通った肌、美しい端正な顔立ち。普段の俺なら可愛いとだけ思うだろう。だが、そんな寝子を見て、俺は何を思ったか言った。


「君、どこかで⋯⋯」


  ――キーンコーンカーンコーン。


  と、そこで授業の終わりを報せるチャイムが鳴った。


「まずい。君たちはここにいてくれ」


  と、そうとだけ残しあかりちゃんは出ていってしまった。それから少しして保健室が再度騒がしくなる。寝子は慣れているようで、顔色ひとつ変えないでいた。


読んでいただきありがとうございます。

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