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落ち葉が敷き詰められた並木道にて

 お願いについては後で話すと言われた私は、そわそわしつつもその日の授業を終えた。朝から集中できていなかったのに一層集中できなくて、いつもよりも授業の時間が長かったように思う。

「夏帆、帰ろ」

 鈴は帰りながら例のお願いについて話すつもりなのかもしれない。そう思いながら、私は帰る準備を終えて鈴の後に続いて教室を出た。

 鈴は帰る間には何も喋らなかった。だから、私はただ鈴の斜め後ろを歩きながら鈴のことを見ていた。

 女子高生らしくヒールのあるローファーを購入して、つい数日前から履き始めた私は、学校で上靴を履いている時よりも目線が高い。一方で、鈴の履いているローファーにはヒールがついていない。だから、いつもは5センチもある身長差がほとんど無くて鈴の顔が近いこの通学路が最近好きなのだ。

 鈴はいつも人の視線を集める。派手に飾って無駄ばかりの私と、飾り気が無くて無駄なところのない鈴が並んでいることによって、余計に人の目をひくのかもしれない。対照的な見た目をしているのに一緒にいるなんて、今更ながらなんだか不思議な気がした。

 通学路の途中には並木通りがある。夏には緑でいっぱいだったここも、この季節になると寂し気になっていた。あんなにたくさんの葉が付いていたのに、気がつけばほとんど落ちてしまっている。歩くときに踏みしめた落ち葉の音は好きだけど、時々滑りそうになるのはどうにかならないだろうか。

 そう思っていると、目の前で鈴の髪とスカート、そして落ち葉が舞った。私は一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐに鈴が転んだのだと気がついた。

「大丈夫?」

 私は鈴に駆け寄った。

「うん。ぼんやりしてたから……」

 転んだことが恥ずかしかったらしい鈴は、いつもよりも早口に言い訳をした。そして、服に付いた落ち葉をはらいながら立ち上がった。私は鈴の全身をさっと見て怪我がないか確認する。

「怪我はしてないみたいだね」

 そう言って、鈴の背中に付いていた落ち葉を一つ取った。最近はほんの少し触れるだけでも、私の邪な気持ちがバレはしないかと緊張する。

「うん。ありがとう」

 そしてまた、二人揃って歩き始める。さっきのでなんとなく気が抜けて、今度は二人で横に並んで歩いた。

「……恥ずかしかった」

 鈴の頰はほんの少しだけ赤い。それにしても鈴が転ぶのは珍しい。そんなに運動が得意というわけでもないけど、注意深いのに。

「まあ、落ち葉で滑ることってよくあるし」

 これでフォローになるのかな、とも思いつつ鈴をなぐさめた。

 そこからはさっきまでの無言が嘘のように会話が弾んだ。今日どんなことがあったのか、何が面白かったのか。

「今日、近くの席で沢田さん達が話してたのを盗み聞きしてたんだけどね」

「また盗み聞き?」

 鈴が控えめに笑う。私が結構な頻度で近くの人の話を盗み聞きしているのがおかしいらしい。

「まあとにかく、その話が面白かったの」

 盗み聞きした内容というのは、恋愛話のような彼女達の妄想の話。いつもながらどうやって話を考えているのかわからないけど、彼女達は楽しそうでいいと思う。

「で、一番盛り上がってきたところで岸田に話しかけられて、最後まで聞けなかったんだ」

「岸田?」

 すごく残念。そう続けようとしたところで鈴に遮られた。なんだかちょっとだけ不機嫌そう。

「うん。ほらチョコもらってたやつ」

 鈴が不機嫌そうなことには気がつかないふりをして、私は同じ歩調で歩き続けた。鈴は何か気になることがあるのか、黙り込んだものの歩く速さは変わらない。

 少しだけ気まずい。私はその空気を払拭するにはどうすればいいのか考えた。鈴がなんで不機嫌になったのかわからないから考えがまとまるはずもないのに。

 気がつくと、横を歩いているはずの鈴がいなかった。後ろを振り返ると鈴が少し離れたところにいたので、私が考え事をしているうちに歩くのをやめていたのがわかった。

 鈴はカバンを開けて、何かを探しているらしい。私は鈴が何かを探している間に、ゆっくりと歩いて鈴に近づいた。

 鈴は見た目に似合わず整理整頓が苦手でカバンの中はぐちゃぐちゃだ。その上、なぜか荷物が多い。何を探しているのかはわからないけど見つけるのには時間がかかるだろう。教科書、ノート、ペンケースはもちろんだが、よくわからないポーチや本、お菓子に付いている小さい玩具まで入っている。それを私はただ隣から見ていた。

 案外早く、目的の品は見つかったらしい。鈴がカバンから取り出したのは板チョコだった。まだ封も開いていない、鈴の好きなビターチョコ。

「これと岸田から貰ってたチョコ、交換してほしい」

 鈴はぐいっと私にチョコを近づけた。

「そんなにあのチョコおいしかったの?」

 私はまだ一つしか食べていないけど、もちろん普通のチョコだった。あえて言うなら少し包装がかわいいくらいだ。

「うん。おいしかったから」

 そう言うので私は残っていた三つのチョコを取り出し、差し出された鈴の右手に載せた。代わりに私は板チョコを受け取って、カバンにしまった。鈴も同じようにカバンにしまっているが、今度はわかりやすいようにかカバンの外側についているポケットにしまっていた。

 どうでもいい岸田からもらったチョコを鈴のチョコと交換できるなんて。予想外にも幸せなことがおきた。その場でチョコを開けて食べたくなったのも仕方がない。しかし、それを我慢して自分一人のときにじっくり味わうことにした。

 私が家でチョコを食べると決心した一方で、鈴はその場でチョコを食べ始めた。同時に再び歩き始めたから、少し行儀が悪い気がする。

「これもおいしい。交換してくれてありがとう」

「こちらこそ。板チョコの方が大きいし、私の方が得した気分」

「そう言ってくれて助かる」

 私はまた、鈴がチョコを食べるのを見ていた。今回の鈴は学校で食べていたときとは違って食べるのが早い。他愛もないことを話しているうちに、三つのチョコは全て鈴の胃の中だ。

 口の中のものが無くなると鈴は言った。

「来週の土曜日って暇?」

「暇だけど、どうかした?」

 私は嘘偽りなく答えた。

「お願いしたいことがあるって言ったと思うんだけど」

 昼間にも感じた嫌な予感がぶり返してくる。

「実は土曜日の午後から好きな人と出かけるから、服を選ぶのを手伝ってほしいの」

 ほらやっぱり。好きな人が自分以外のに人に会うために着飾るのを手伝うだなんて無理だ。無理だけど、もう用事がないと言ってしまった私には断る理由がなくなてしまった。確かに私は鈴のことを一番よくわかっていると思うし、そのことを鈴もよくわかっている。つまり、鈴は私のことを信頼してこれを頼んできたという事になると思う。

 だから、私はなんとか満面の笑みを浮かべて言った。

「まかせて。鈴を世界で一番かわいくしてあげる」

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