薄暗い校舎裏にて
こんな展開ですが、百合小説です。ご注意ください。
走っている間、私は大パニックだった。「鈴が大人になった」って幼馴染視点で考えてみたり、なんとなく目の前が真っ暗になるような感覚を味わったり。
ただ、日々の習慣というのは偉大なのか下駄箱にたどり着いた。もしかしたら無意識に、校舎裏に向かうためには靴を履き替える必要があると考えたのかもしれない。
さすがに校舎裏に向かうのはどうなのか。鈴に鉢合わせたら困るな。そう思いつつ靴を履き替えていると、正門に向かって走る人影があることに気がついた。鈴だ。
一緒にかえろ。そう言いかけてやめた。だって鈴の様子がいつもとは違っていたから。恥ずかしいのか顔を少し伏せていて、後ろからも見える頬は少し赤く染まっている。そして口の辺りを手で覆っている。やっぱり私の知らない鈴だ。
私は鈴が正門を出ていくまで見守ると、校舎裏に向かって走り出した。
校舎裏は大分暗くなっていて、私は何度か転びそうになりながら、鈴と男子生徒がいた場所に向かう。そういえば、あの男子生徒は園田だったのかな。今更ながら鈴の相手のことに思考を巡らせた。鈴に好かれるなんて運のいいやつ。鈴と付き合うなんて運のいいやつ。鈴とキスするなんて……。
私は運が悪いな。いや、運が良すぎるんだ。
私がこうやって鈴のことばかり考えてるのは、多分幼馴染みという立場が原因だろうし。鈴みたいな綺麗な子と幼馴染みになれたなんて運が良すぎたんだ。なんとなくそう思った。だけど、勝手に振り回されて私は疲れてきている。運が悪いなぁ、と思うことがあっても仕方がない。
例の場所に居たのは、やっぱり園田だった。彼は私にも気がつかずに、突っ立っている。彼の頬も鈴と同じように赤く染まっているのが見えた。鈴の好きな相手が園田で確定した瞬間だ。というか、キスしてたし付き合っているのも確定だろう。
私の足音に気がつかないほど、鈴とのキスは良かったんだろうね。そう毒づきたくもなる。
彼の目の前にまわると、彼はやっと私の存在に気がついた。
「来馬さん? どうしてこんなところに?」
なんとか平静を装いたい、というのが丸分かりの態度。なんだか目が泳いでいるし、なんなら声も普段より高い。
どうしてこんなところにいるのか、という彼の疑問に答えるために私は渡り廊下を指差した。だが、彼は不思議そうな顔をするだけで何もわかっていない。
「さっきまで私、渡り廊下にいたんだ」
それでも不思議そうな表情。察しの悪い男だ。口には出さないものの、私のなかでの彼の評価はどんどん下がっている。もちろん、鈴に好かれているということで、昼休みから私のなかで気にくわないやつという扱いにはなっていた。
「鈴とここにいたの見ちゃった。もしかしてキスしてた?」
つい険のある言い方になる。そんな私に動揺したらしい彼は、後ずさった。まあ、私は普段から軽い調子でしか喋らないもんね。
それから彼はやっと、私が言いたかった内容を理解したらしい。あの、その、えっと。意味のない言葉ばかりが彼の口から吐き出された。
もう日は沈んでしまい、この辺りは暗い。今は空が紫色をしていて、もう少しで真っ暗になってしまうだろう。こんな暗さなのに、私からは彼の口だけははっきりと見える気がした。
意味のない言葉を吐き出すだけしか出来なくなった彼の口。こんな口でも、こんな唇でも、鈴の唇と触れあったんだ
私は気がついたら彼にキスをしていた。
「えっ……?」
彼の動揺が、手に取るように分かった。でも一番動揺しているのは私だろう。
なんでキスしちゃったんだろう。さっきまで何を考えてたんだっけ。
だって彼の唇がなんとなく目についたから。なんかずるいと思ったから。私の考えはまとまらない。だけどキスをした後の自分の唇を触るとなんとなく満足感が得られた。
満足感の理由は唇を触っているとすぐに分かった。先ほどのキスと同時に、私の唇についたリップが原因だ。この目の前にいる男がリップをつけているはずがないんだから、これは鈴のものだろう。鈴が彼とキスをしたときについたものだ。
思わず自分の唇を舐める。鈴の体についていたものが、私の体内に入る。それだけで私は幸せだ、幸せになれる。
「来馬さん? あの、どうかしたの……?」
ああ、私はどうしようもなく鈴が好きなんだ。幼馴染や友人としてではなく、恋愛対象として好きなんだ。
その考えは、不思議なほどに自分でも腑に落ちた。
「来馬さん? 大丈夫?」
そういえばこの男がいたんだった。唇を触れたまま伏せていた顔を上げて彼を見ると、彼の顔はさっき鈴とキスをしていた時と同様に上気していた。別に彼は付き合う相手がかわいい女の子であれば鈴ではなくてもよかったんだろう。なんだかイライラする。鈴に選ばれたのに、この態度。
だけどこの態度は私にとっては都合がよかった。
「ねえ、園田。付き合って」
彼の息をのむ音が聞こえた。
「もちろん鈴と付き合ってることはわかってるよ。それでもいいの」
キスをした時点で近かった距離をさらに詰めて、上目遣いでそう言いつのった。こういうシチュエーションが好きなんでしょう?
私と付き合ってよ。私とキスをしてよ。鈴の後に、鈴と同じように。そうしてくれるだけで私は鈴を感じられるはずだから。
「ねえ、お願い……」
彼はのどをならすと、小さくうなずいた。