放課後の渡り廊下にて
昼休みに日誌を書き終えることのできなかった私は、結局放課後に残りを書くことにした。同じく日直だった岸田は気がついた頃には帰っていて、私がすべてやるしかない。昼休みから空きっぱなしになっている、「今日の出来事」という欄はまだまだ埋まりそうになかった。
今日は鈴には先に帰ってもらった。待たせるのも悪いし、好きな相手が本当に園田だと確定するのが怖いからだ。今日私が昼休みに教室にいて鈴と園田が昼食を食べているのを見ていたことは、多分鈴は気づいている。だから、
「夏帆は見たから分かったとは思うけど、園田のことが好き」
なんてことを言われてしまったら、動揺してしまう自信しかない。私は鈴の好きな相手が誰だったら納得できるのだろう。どうであっても納得は出来ない気がする。
私が机の上に日誌を広げてぼんやりとしている間にクラスメイトのほとんどは帰ってしまった。鈴も先に帰るように伝えると、小さく手を振って「バイバイ、気を付けて」と言って一人で下駄箱に向かっていった。それから30分経った今もずっと鈴のことをぐるぐると考えていて、日誌を書く手が進まないのだ。
最近、寒くなってきたと同時に日が落ちるのも早くなった。窓から差し込んでくる日も少し眩しい気がする。いつもだったらこの夕日を鈴と二人の帰り道で見ているのに、私は何をしているんだろう。暗くなり始めたグラウンドには光がともされて、野球部の練習している風景がよく見えた。今日はサッカー部が野球部にグラウンドを譲り、部活が休みになっているようだ。サッカー部が練習している様子は見られない。
そういえば岸田もサッカー部だったな。部活が休みだから、今頃町で遊んでいたりするのだろうか。園田とも仲が良かったんだっけ? 同じ部活だしそこそこ仲がいいのだとしたら、今頃一緒に遊んでいるのかな。そう思うと、園田と鈴が今、一緒にいる可能性は低いと思えて少しだけ安心できた。私にとって二人の仲は昼休みにしか進展しないものなのだ。
どうでもいいことに思考が行きかけた私は、適当に日誌の「今日の出来事」という欄を埋めることにした。天気が良くて、夕日がきれい。これで十分じゃないかな。そういうことにして日誌を閉じ、帰り支度をする。カバンの中に宿題に必要なものを入れて、最後にペンケースを入れる。いい感じにカバンも軽いしこれで大丈夫。カバンを背負い、日誌を持つと、職員室に日誌を届けるべく私は教室を出た。
職員室に日誌を届けて、担任の先生から「気を付けて帰れよ」という言葉を受けた私はさっさと帰ろうと、下駄箱に向かっていた。この学校では学年ごとに異なる場所に下駄箱があるのだが、なぜかうちの学年だけ絶妙に下駄箱が遠い。渡り廊下を通って別の校舎にまで行く必要があるのだ。玄関の広さと校舎の大きさの関係上仕方がないとわかってはいても、疲れるから少し嫌だ。高校生って中学生と比べるとあらゆる面で若くない.
壁の両側がガラスになっているこの渡り廊下は、右手側には夕日とグラウンドが、左手側には敷地を仕切る壁とそこまでを埋めているいくつかの木が見える。左手側は建物にさえぎられて日が差さないのか少し暗くて、不気味だ。夕日が眩しいため私は、気持ち顔を左手側に向けて廊下を歩いていた。すると私の視線の先、向かっている校舎の裏に一組の男女がいることが分かった。その二人組はあまり身長差が大きくないため最初はわからなかったが、男女の組み合わせであるためどうせ告白か逢引きだろうと予想してみる。確かにその場所は校舎の中からは見えないが、この渡り廊下からは丸見えですよ、と教えてあげたくなった。
恋愛は自分に縁遠いものだとは思うものの、興味はある。どうやらその二人は私には気が付いていないようなので、歩く速度を落として観察してみることにした。暗くて見ずらいものの、男子生徒は大きなカバンを肩から掛けているため運動部に所属しているのだろう。あと、最近流行っているいるのか髪は少し長めにセットされている。女子生徒のほうは肩口で髪が切りそろえられていた。この角度からは残念なことに二人の顔は見えなかった。あまり身長差のない二人は、女子生徒が大きいのか男子生徒が小さいのかは比べる対象物がないのでいまいちわからない。
二人をさっと観察していると、急に二人の影は一つになっていた。キスしてる。遠目でよくわからないけど多分キスしてる。
なんだか薄暗い場所で二人がそういう行為に及んだので、なんだか艶めかしい気がして私は目をそらした。私の知らない生徒たちが、私の知らない体験したことのない行為に及んでいる。目をそらしたものの、好奇心は抑えられない。だからもう一回だけ二人の方を見てみよう。
二人のキスを目撃した時点で、私の足は無意識に止まっていた。それを再び動かし、ちらりと二人を見る。2人はまだキスを続けていた。だけどさっきと一つ変わっていることがあった。それは女子生徒の顔の角度で、キスをするためなのかこちらに顔を向けていた。目を閉じていてこちらには気が付いていない。それだけが救いだったがそれは鈴だった。いつ見てもきれいな人形めいた顔は、キスをしているからなのか少し赤みがさしている気がする。
「鈴……?」
それをしっかり認識した瞬間、私は走り出していた。どこに行くのかは決めていない。けれども、おそらくこの足はさっき見た校舎裏に行くのだろうとなんとなく分かった。
やっと次回から、私の書きたい百合が書けます。