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少し寒い空き教室にて

私には好きな人なんて決してできない。そう気がついたのは中学生の頃だった。親しい男子に告白されたときに思ってしまった。

「好きです。付き合ってください 」

好きってどういうことなのか。友人に向けるものや家族に向けるものも「好き」なのに何が違うのか。そこで私が気付いてしまったのは、同姓に向ける好きにも、異性に向ける好きにも違いがないという事だった。

 黙り込んでしまった私に対して、相手は悩んでいると思ったらしい。

「もし迷っているなら、試しにでも……」

「ううん、ごめんね。他に好きな人がいるから」

 彼が言い切る前にそう告げると、彼は「これからも仲良くしてほしい」とだけ言って、ここから去っていった。

 好きな人がいるなんて嘘だ。先ほど気が付いてしまった、異性に向ける感情と同性に向ける感情に違いがないという事実から、私には人を好きになることはないということがわかってしまった。さっきの事実から自分は両性愛者なのではないかと一瞬考えたもののそれは違う。私は今まで、人に燃えるような感情を向けたことがない。小説や映画で見た、愛情と呼ばれるものに心当たりがない。家族愛はあっても、あんな穏やかなものが異性に対する愛の参考になるとは思えなかった。とは言っても、まだ人生は十年と少ししか経っていない。そのうち好きな人ができる可能性だってないわけではない。

ただ、物事を直感ですべて決める私にしては珍しいことに、人に対してだけはピンと来たことが一度もない。この直感はものに対してしか働かないものなのか、それも少し気になるところだ。

高校生になってからもそれは変わらず、告白されては断るというのが続いていた。ただ、そのせいなのか鈴に対する執着心というような気持ちが膨れ上がっていた。いっしょにいる時間が長すぎたのだ。私のこの気持ちは愛とか恋とかというものではないと思うけど、どこか近い気がする。

昨日の鈴の「好きな人ができた」という発言は、そんな私を動揺させるには十分だった。鈴にとって仲のいい人は私だけだったのに。もし鈴に彼氏ができたら鈴といっしょにいられる時間が減ってしまうんじゃないか。私の鈴に対する気持ちは案外子供っぽかったらしい。

今朝は、二人で登校している間も鈴の好きな人が気になりすぎて気になりすぎて、いつもよりも会話が少なかった気がする。友達に好きな人ができたら、喜んであげたり、からかったりするものだと思ってたのに、私はそんな事ひとつも出来なかった。

今だって好きな人にアタックしに行くという鈴が見たくなくて近くの教室と同じ階にある空き教室に逃げてきてしまった。いつも一緒にお昼ご飯を食べているのに、好きな人を誘ってみるからって、私を一人にするのは薄情だ。

鈴の視界にはここ数年、私しか入っていないと思っていた。だからこそ安心していたのに。

好きな人なんて知りたくない。鈴に置いていかれたくない。鈴にだけ好きな人が出来るのはずるい。

最近は秋も深まってきて寒くなった。この部屋も制服にカーディガンだけで過ごすには少し厳しい。寒がりな自分がこういうときは疎ましくなる。寒いから教室に戻ろうかな、とも思うものの鈴の好きな人はどうやら同じクラスのようなので戻りたくない。見たくない。

食欲がわかないながらもなんとかお弁当を食べて授業開始ギリギリまでここでねばることにする。行きたくない、という言葉が脳内を埋め尽くしていた。外の喧騒は聞こえるが、具体的に喋っている内容が聞こえるわけではないこの教室。一つの足音がこの教室に近づいてきた。どうせこの教室の前を通り過ぎてどこかに行くだろう。そう思っていたのだが、よく聞いてみるとこの足音は鈴のものだ。もしかしたらこの教室に入ってくるのかもしれない。そう思っていると予想通りにこの教室の前でその人物の足音は止まり、ドアが開けられた。入ってきたのはやっぱり鈴だ。鈴かもしれないと思って、心構えができていたはずなのに、やっぱり鈴の顔を見ると何故か動揺してしまう。

「やっぱり鈴だ。私、鈴の足音わかるんだよ」

 教室に入ってきた鈴は後ろ手にドアを閉めながら「私も夏帆の足音はわかる」と言った。なんだか少しうれしい。

「好きな人にアタックできた?」

 自分で自分の傷をえぐる。今の私の気分はまさしくそれだ。

「うん。私のことなんか意識していなかっただろうけど意識するきっかけにはなったはず。明日からも頑張りたい」

「鈴がそんなに長々としゃべるなんて。よかったね」

 鈴がうっすら頬を染めて笑みを浮かべる。少し寂しい気持ちもあるけど鈴のことを応援できそう、なんとなくそう思えそうになった。美人でさらにはかわいいんだから、こんな鈴を好きにならない人なんていないはず。いたら私が許さない。鈴に恋人ができたら自分はつらくなるのにそんなことを考える。

「今日は夏帆と一緒に帰りたい。なんだか夏帆は一緒に帰ってくれなくなりそうだし」

 私に気を使いすぎ。そう言ってむくれる鈴はかわいくて。

「そういう鈴を相手にどんどん見せたらいいと思うよ。すっごくかわいい」

「見せてるけど、効果があるような無いような」

 二人で顔を見合わせて笑う。

「一緒に帰ろうか。今のうちにかわいい鈴を独占しとく」

 昼休み終了の予鈴が鳴るまで、私たちの笑いは止まらなかった。今まで鈴とはよく過ごしてきたけれど、こんな会話をしてこんなに笑うのは珍しいな。鈴の好きな人ができた発言から私たちの関係は少しずつ変わっていくのかもしれない。

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