夕日の眩しい坂道にて
よろしくお願いします。
「好きな人ができた」
鈴は自分の一言がどれほど私を追い詰めるか知らない。
高校生にもなって初恋はまだなんていう私たちは、もちろん恋人なんているはずもなく毎日二人で学校と家の間を往復していた。小学生の時に出会ってから、誰より長く一緒にいる。誰にも邪魔のされないこの帰り道が大好きなのだ。今まで鈴には私以上に仲良くなった人なんていなかったと思うし、私にも鈴以上に仲良くなった人なんていない。それなのに、急に好きな人の話なんて。
「えっ、好きな人? それって私に誰か教えてくれる感じ?」
いつもより少しだけはしゃいだ感じで返す。何とかいつもの私のように返答できたものの、正直、家に帰る私の足は止まりかけた。しかし、鈴はそんな私に気が付いているのか気が付いていないのか、いつもの淡々とした口調で言った。
「今は秘密。多分見てたらわかると思う」
教えてくれるかと期待していたのに、教えてくれずに秘密という言葉。私は見てたらわかるとしても、鈴の口から伝えてほしかったのに。なんだか好きな人を教えてもらえるって親友っていう感じがするから。親友っていうか信頼されてるって気がする。信頼されていないのか不安になってついに私の歩みは止まった。
止まった私に気が付いた鈴も数歩先の位置で立ち止まって振り返る。この道は普段は夕日で照らされていて眩しいため鬱陶しいと感じていた。しかし、その夕日に照らされた鈴はびっくりするくらいきれいに見えて、少しドキリとする。そしてこの普段は鬱陶しい夕日も悪くないなんて思ったり。
「……夏帆?」
そう言って鈴は首をかしげる。肩口で切りそろえられたまっすぐとした黒髪が風によって少したなびいていた。
「なんでもないよ。ただ、いつもより夕日がきれいだなって思っただけ」
私は鈴に駆け寄った。そして自分より5センチほど身長の高い鈴を見上げて「好きな人、教えてくれたっていいのに。私、すねちゃう」なんてふざけた口調で言ってみる。意識してふざけた口調をしないと、もっと不機嫌そうな声が出ていただろう。きちんと表情は作れてる?
「すねてくれるなんて嬉しい。確かに夏帆に好きな人ができたとき、話してくれないと私もすねるかも」
好きな人なんて私にできるはずがない。私はそれに自分で気がついている。
「そう? じゃあ、一番に鈴に教えてあげる」
それでも、この小学生みたいな会話が楽しくて鈴と幼稚な約束をした。
「それでも、鈴は好きな人が誰か教えてくれないんでしょ?」
鈴は静かに頭を縦にふった。やっぱり鈴の髪の毛が揺れるのに気をとられてしまう。どうしたらそんなにさらさらになるのか。私とは正反対の髪質。
「どんどんアピールするつもりだから、ほんとに明日にはわかると思う」
だから、今だけ秘密。
そんな言い方はずるい、なんて思ったものの私は鈴の願いを聞き遂げずにはいられない。だから、「仕方ないなぁ」なんて納得したようにふるまった。
「私が鈴の好きな人を当てれたら、いろいろ話してよね」
「もちろん」
鈴の言葉はいつものように淡白なものの、ここには私に対する信頼が含まれていると信じたい。もちろん、私からはそんなことわからなかったのだけれど。