全部捨てて飛び降りよう
…夢の途中で目が覚めた。
いつもより目覚めの気分が悪い。
張り付くまぶたを手で擦りながら、洗面所を除くと大きくて日に焼けた背中があった。
よかった、いる。
弟のりょうくんだ。
「りょうくん、おかえり」
風呂上がりであろう彼は、濡れた髪をわしわしふきなから、怪訝そうに眉をひそめた。
「さっきからずっと帰ってたけど。」
私よりずっと低い声。
今年で中学2年生だけど、175cmという中学にしては並より大きなガタイ。父譲りだ。
「あそうなの?ごめん今起きたから。」
りょうくんは呆れたように私を一瞥し、顔を洗うためのタオルを取ってくれた。
「ありがとう、気が利くね。」
私より図体が大きくなって、思春期であまり話さなくなってしまったが、昔と変わらず優しい奴なのだ。
「りょうくんさ、女の子が屋上から飛び降りる小説読んだことない?」
私は蛇口をひねって、勢いよく出る水がお湯になるのをぼーっと見ながら訪ねた。
「…時をかける少女?」
「うーん、違う。」
よかった、知らないみたいだ。
ていうか時をかける少女で屋上から飛び降りるシーンなんてあったっけ?
屋上で泣いてるところなら映画で見たような気がするけど。
「じゃあない。」
そう言うとりょうくんはさっさとトレーナーを着て洗面所を出ていってしまった。
私は彼を見送って、出しすぎて洗面台にたぷたぷに溜まってしまっているお湯の中に手を入れた。
「あちっ!」