『羅生門』その後
下人は、雨脚が激しくなってきた暗い京都の町を、老婆から剥ぎ取った着物を濡らさぬように抱えながら、ただひたすらに走った。
「これで少しは金が手に入るのだ」
下人は小声でそう言い、ほくそ笑んだ。
羅生門から少し離れた所で、下ばかり見ていた下人の視界に、人影が映った。ふと顔を上げると、一人の男が立っている。熊のような図体の、屈強そうな検非違使であった。
「おのれ、何処へ行く」
下人は検非違使の、低く唸るような声に一瞬怯んだ。その場をすぐに立ち去ろうとした。老婆の着物を奪ったことを知られれば、どうなるかは目に見えている。しかし、逃げればより怪しまれるのではないかと思い、咄嗟にこう言った。
「母が亡くなったのだ。それで、この着物を売って、生活の足しにしようと思ったのだ」
下人は、これで誤魔化せただろうと思った。荒廃したこの町では、このようなことをする者は少なくない。検非違使もこれなら疑うまいと思ったのである。
「成る程、そういうことであったか」
検非違使は納得したように頷き、下人に背を向け踵を返した。
その時であった。検非違使はいきなり、下人が持っている着物をひったくり、こう言った。
「死人が着ていた着物にしては、随分と温かいな」
下人は老婆から着物を奪ってからまだそれほど時間がたっていないことに、ようやく気がついた。
検非違使は鋭い目で下人を見下した。そして、鞘から太刀を素早く引き抜いた。下人はあっさりと切られてしまい、その体は血と雨で濡れていった。
「油断すればすぐにこうなるのだ。だから俺も、この見た目を利用して危機を乗り越えてきた。本物の検非違使を殺してな」
そう言い残し、盗人は去っていった。
京都の町は、黒い雲で空を侵食されていた。
下人を殺した検非違使もまた、盗人であったというお話でした。如何でしたでしょうか。
町が荒廃すれば、人の心もまた荒んでいくものだと私は考えております。そして、生きていくためには他人を犠牲にしなければならない。その為には覚悟が必要です。下人になかった覚悟が検非違使、もとい盗人にはあったのでしょう。そして彼は今後も他人を犠牲にして生きることとなるのでしょう。仕方のないことなのかもしれません。世界は残酷です。
と、ここまで大層なことを言っていますが、実はそこまで考えてこの小説を書いたわけではありません(おいコラ)。元々これは私が高校1年のときに羅生門の授業が終わった後、羅生門のその後を想像して書こうというものがあり、その時書いたものです。今まで書いた物語の中でも割とよく書けたのでは、と自分では思っております。
毎度毎度、長くなってしまい申し訳ありません。ここまで読んでくださりありがとうございました。また他の物語でお会いしましょう!