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第十一話「新たな敵 その1」

 アルベルとラキノがトラップによって落下したのを見届けた俺は、自分も二の舞にならないようにルーシェの後ろにピタリとついて歩いていた。

 落とし穴の部屋を抜けて安心した俺は、大きく息を吐いた。


「いやぁ、あいつはやっぱり馬鹿だなぁ。こんな簡単に回避できる罠にかかるだなん――」


 カチッ、という軽快な音が、さっそく一歩目を歩き出した俺の耳に届いた。

 直後、横から弾丸のような速さで数本の矢が俺の体をめがけて放たれた。右から風を切る音が聞こえた。

 完全に油断していた俺は、当然避ける準備などしていないので――


「あえて、言い忘れていましたが」


 ダダダンッ‼︎ という銃の連射音が聞こえた。

 まるで、俺が罠にかかると分かっていたかのように銃を構えて俺の正面に立っていたルーシェは、正確に俺を狙う矢を撃ち抜いた。

 カラカラン、と俺の真横に砕けた矢が落ちていく。

 銃口を下ろしたルーシェは、顔色一つ変えることなく、


「この研究所にはまだまだ罠がたくさん仕掛けてありますので、油断すると怪我をしますよ」


「あの、もうちょっと早めに言ってもらうと嬉しいんですけども……?」


「なんだか調子に乗っているように見えましたので、少し痛い目をみてもいいのではないかと思いまして」


「はい! もう完璧に反省しましたので次からは罠の直前で一言いただけると嬉しいですはい!!」


「はい。ではそのように」


 無表情のまま頷き、ふとももについていた銃のホルダーに魔弾銃をしまうと、再び踵を返して歩き始めた。その後ろ姿を、俺は眺める。

 ボロボロの白ワンピース、裸足、魔弾銃。

 外見だけではない。堅苦しい言葉遣いに、人形のような無表情。

 記憶喪失なのに大量の知識を蓄え、さらには飛んでる矢を撃ち落とすほどの技術。

 挙げればきりがないほどだ。

 彼女は一体何者なのだろう。


「ハヤトさん。そこの床をあと三歩進むと上から鉄球が落ちてくるので横にずれてください」


「うおお⁉︎ 危ねえボーッとしてたぜ!」


 慌てて横に避けた俺は、通路の壁にくっつくようにしてルーシェが指差した地点を通過した。

 落とし穴の部屋を抜けてから、大体五分程度進んだくらいだろうか。ルーシェが足を止めた。

 この研究所は、中の構造自体は単純でまっすぐ続いてる通路に時々十字路があるような作りで、その途中にいくつかの扉があるのが見えた。ルーシェ曰く、それらの扉の先は実験用に使われているか、試作品の機械などが置かれているらしく、気軽に入ると痛い目をみるらしい。


 だが、そんなことを言っていたルーシェが足を止めたのは、ある扉の前だ。

 普通よりも数段大きい扉は、車一つ簡単に通れるほどだった。

 ルーシェが扉についているボタンを押すと、その扉が中心からゆっくりと自動ドアのように開き始めた。


「ここから先が、魔晶石を管理している場所です。今までの道には傷一つありませんでしたが、魔王軍がこの場所を狙っている以上、別の場所から侵入してここへ来ている可能性があります」


 俺は少しだけ腰を落として重心を下げ、いつでも動ける姿勢をとって準備をする。

 覗き込むように、俺は扉の隙間から様子を伺う。見た限り、敵はいない。

 俺は中へと入ってさらに周囲を観察した。

 真っ白で一切の装飾のない壁に囲まれた、学校の教室程度の広さをした部屋。ただ、縦にスペースを使っているのか、高さは二階建てのぐらいで、その天井にもう少しでついてしまうと思うほどの金属製の棚が部屋を埋め尽くすように設置されていた。


 そして、その棚には美しく紫に輝くテニスボールくらいの魔晶石がずらりと並んでいた。

 もう少し中へと入ってみると、棚と棚の間は人三人程度が並んで歩けるぐらいの間隔があった。それに四方に一つずつ扉があるらしく、管理はいくつかの部屋で行なっているようだ。


「ここから先は、私の知識にない空間です。ですが、最初の部屋でこの魔晶石の大きさということは、奥に『女神の心臓』があると推測できます」


「そうだな。まだ敵はいないようだけど、慎重に奥へ行こう」


 そうして二つ、三つと奥の部屋へと進んでいく中、俺は足を止めた。


「なんだ? 少し遠くから音がしないか?」


「罠が作動した気配はありません。ということは、外的要因かと」


「外的要因? それってつまり――」


 ドゴォォ‼︎ という凄まじい音とともに、俺たちのいた部屋の壁が破壊された。

 破壊の衝撃で飛んだ瓦礫が魔晶石を保存する棚へ直撃し、棚が倒れ、さらにいくつかの魔晶石が砕けた。

 あまりの衝撃に手で視界を覆っていた俺は、崩れた壁の方へ視線を移す。

 と、そこにいたのは。


「あれ? サイトウハヤトじゃん。やっぱりここに来てたんだ」


 パッと見た限りでは、それはただの青年だった。だが、そのすらっとした長身と目にかかる程度の前髪で、それに合わせるように整えられた金色の短髪。

 忘れもしない。数日前に会ったからではない。それだけでは、この湧き出るような怒りに説明がつかない。


「レアド……ッ‼︎」


「お、覚えてんの? まあ、魔王さんにあんなことされたら忘れられないか」


 魔王軍幹部、レアド。テレポート使いであり、俺をこの場所に送った張本人。さらに、ラキノによると魔物を操る力を持つと言っていた。


「てめぇ。ぶん殴ってやるからそこ動くんじゃねぇぞ……!」


「おー、怖い。こりゃ本気で殺されそうだ。まあ、あんたがこの場所に来るだろうってのは、俺が一番知ってたから準備はしてるよ」


 余裕そうな笑みを浮かべたレアドは、すっと手を前に出した。すると、何をするでもなくレアドの後方からうじゃうじゃと夥しい数の四足歩行の魔物が現れた。

 次いで、レアドが魔物に隠れるように後ろへ下り、魔物を盾にするように距離をとった。

 それは強いて言うなら熊なのだろうか。大きさや、太い爪を見る限りはそう見える。だが、ところどころがドロドロと腐敗しているかのように溶けており、濁った紫色がさらにその気味悪さを強調していた。

 だが、関係ない。


「どっかの王都に行った時に、魔物を大量に相手する展開はもう終わったんだよ!」


 迷いなく、俺は魔物への距離を詰め、魔物の頭へ向かって拳を打ち込んだ。

 パンッ! という風船の弾けるような音とともに、魔物の頭部がいとも容易く弾け飛んだ。間髪入れず、俺は近くにいた魔物を殴り飛ばす。

 たった数秒の間に、ほぼ全ての魔物を倒した俺は、レアドへの距離を詰める。


「さあ。今度は逃さねぇぞ」


「まだ逃げる気はないけど。油断してるのはそっちでしょ?」


「あ? お前何言って――」


 直後、後頭部に衝撃が走った。

 なんだ。また新手の魔物か⁉︎

 慌てて振り返ると、そこにいたのはついさっき見た魔物たちだった。俺の攻撃で傷ついたはずの魔物たちは、何もなかったかのようにそこにいた。


「なんだ、こいつら……ッ!」


 たった数秒の油断のうちに、四方から魔物の牙や爪が襲いかかってきた。海に溺れた人がもがくように手足を振って魔物たちを振り払った俺は、カウンター気味に魔物へ反撃していく。

 だが、倒した魔物を目で追うと、やつら溶けたような体がぐちゃぐちゃと音を立てて欠損した部分を修復し始めた。


「ハヤトさん。どうやらその魔物、アンデット系のようです。完全に倒すまでは再生し続けます」


 その言葉を聞いて、奥にいるレアドが得意げに笑った。どうやら、ルーシェの言っていることは正解らしい。


「なら、どうやって倒せばいいんだよ!」


「こうするんです」


 素早く、ルーシェは俺が反撃し、再生し始める前の魔物の体に向かって、魔弾銃の引き金を引いた。

 ほんのわずかに悲鳴のような何かが魔物から溢れた直後、煙のように魔物が消えていった。

 どういうことだ。再生しないで消えた?


「魔物が再生できるのは、その体の中にある魔晶石から供給される魔力によるものだと推測しました。ならば、それが見えた瞬間に撃ち抜いてしまえばいいだけです」


 そう言って、さらに数発を魔弾銃から放ち、再生しようとしていた魔物の息の根を止める。

 簡単なことではないはずだ。言葉では見えている魔晶石を打てばいいと言っているが、そもそもこのサイズの魔物の魔晶石はピンポン玉くらいだし、さらに俺が攻撃して欠損した部分から見える大きさとなれば、さらに小さくなる。

 加えて、その魔晶石が再生した体に覆われる前に打たなければならない。文字通り、針の穴に糸を通すような精密さだ。


「うわー。これは予想外だな」


 俺が魔物を攻撃し、ルーシェがとどめを刺すという流れが確立し始めたのを見て、レアドは残念そうに頭をかきながら愚痴をこぼした。

 だが、依然として余裕のある表情のままだ。まだ別の魔物を連れているのだろう。なら、そいつが出てくる前にあいつをぶん殴るしかない。


「ルーシェ! さっさとこいつらを倒してあいつぶん殴るぞ!」


「はい。私としても、『女神の心臓』へ早くたどりつかなくてはなりませんから」


 全力で魔物の体を殴り飛ばし、俺は先へと進んでいく。そして俺が体を吹き飛ばした魔物たちのどこかにある魔晶石に弾を打ち込んでいく。

 数瞬のうちに、俺はレアドの目の前にたどり着いた。


「あのさ、俺がテレポート使えるって忘れてない?」


「絶対に忘れるか。どっか行く前にぶん殴るだけだ」


「――【テレポ…」


 レアドがスキルを使おうとした瞬間だった。

 この空間に、さらなる変化が訪れた。

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