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第八話「工業地区」

 住宅地と工業地区の区切りは、かなりはっきりとしたものだった。周囲がフェンスで囲まれており、それを抜けた瞬間に世界が変わった。

 あまり人が通ることを考えていないのだろう。

 ある程度の幅が確保されているが、歩道として舗装されているようには感じなかった。

 高さのある建物が多く、日差しも満足に入らない。

 上を見上げても、パイプやらなにやらでところどころでしか空は見えなかった。

 鼻に染み込むような鉄と油の匂いを感じながら、俺たちは奥へと進んでいく。


「やっぱり、誰かが来てるみたいだな」


「ああ。爪のようなもので傷つけられた跡がある。おそらく魔物の仕業だろう」


「でも、魔物って知能が高いわけじゃないんだろ? こんな破壊を最小限にして奥に進むなんて出来るのか?」


 建物についた浅い爪痕を手でなぞりながら、俺は声を出した。

 すると、辺りをキョロキョロと見回すラキノが口を開く。


「多分、レアドさんが来てるんじゃないっすかね」


「レアド、だと?」


 その名前は決して忘れないだろう。

 だって、その男は俺をこの場所へと送った張本人なのだから。


「あれ? ハヤトさん知ってるんすか?」


「ん、まあな。俺の記憶だとレアドって瞬間移動の使い手じゃなかったか?」


「確かにレアドさんは瞬間移動を使えるっすけど、魔王軍の幹部って名は伊達じゃないっすよ。あの人はもう一つ、魔物を操る力があるんすよ」


 魔物を操る力。それならリリナも魔物を操ってエルフの里を襲っていたんだし、それがあるから魔王軍幹部だって言われても素直に納得できなかった。

 俺が難しい顔をしていると、ラキノはムッとした顔をして、


「あ、さてはそこまで強くなさそうって顔をしてるっすね?」


「え? いや、そんなことはないけど……」


「レアドさんの凄いところは、完璧に魔物を制御できることなんすよ!」


 ビシッと指を立てると、ラキノは調子が上がってきたのかはきはきとした声で、


「魔物を操る魔族ってのは、確かに少なくないっす。でも、その人たちは魔物に言うことを聞いてもらってる状態なので、進めとか、攻撃しろ、とか単純な命令しか出せないっす。でも、レアドさんは従魔族テイマーっすから、頭で考えたことをそのまま魔物に実行させることができるっす!」


「なあ、クソ勇者。それって強いの?」


「手足が増えるだけじゃなく、それを遠隔で出来るのはかなりやっかいだ。『女神の心臓』を探すのにも最適だろうしな」


「ふ~ん。じゃあ、ラキノが操られるってことはないのか?」


「それはないと思うっす。魔物を操れても、魔族は操れないと思うっすから」


 すたすたと先を歩いてるルーシェに遅れないように少し歩幅を大きくしながら、俺はラキノに問いかける。


「魔物と魔族、ねえ。その違いってなんなんだ?」


「基本的には、自我があって知識があるって感じっす。動物と人間との違いって感じっすよ。あとは、魔晶石に凝縮されている魔力量が違うって感じっすかね。魔族の魔晶石が魔物よりも小さいけど、魔力量は魔族の方が多いんすよ」


「それゆえに人間と魔族との溝は深くなったのだけれどな」


「どういうことだ?」


「魔晶石は、武器や防具だけでなく、光源や資源としても扱われる非常に便利なものだ。そして、僕たちが生まれるずっと昔。魔物よりも魔族の方がいい魔晶石をその身に宿していることに気づいた者がいた」


「もしかして、それから魔族狩りみたいなことが始まったのか……?」


 恐る恐る問いかけると、ラキノとアルベルが同時に頷いた。

 生活に役立つものだからと、魔晶石を求めて魔族すらも昔の人たちは襲った。

 そりゃあ、仲良くできるわけないよな。俺と出会う前のシアンが襲われていたのも、それが理由の一つなのだろう。


「だから、基本的に魔族は魔族意外と関わることが少ないんすよ。関わったところで、どちらかが命を狙われることもよくある話っすから」


 そう呟くラキノの顔がやけに寂しそうに見えた俺は、ラキノと歩幅を合わせて横に立つ。


「もしかして、ラキノもなんかあったのか?」


「そこまでひどい話じゃあないっすよ。ただ、魔族の私や、私の家族にはずっと居場所がなかっただけっす。なにせ、私は龍と人間のハーフ。どっちかの世界にとどまることができなかったっす」


 ラキノの背中の未発達な翼が、不安そうに体を包んだ。

 俺でも想像がつくことだった。対立する間に生まれてしまったということは、人間側にも魔族側にもいられない。迫害されたり、ラキノに至ってはまだ未熟な魔族だ。その魔晶石を狙ってくる人もいただろう。

 きっと、安心して眠れる時間の方が少なかったのではないだろうか。

 だが、そんな不安を吐き出すように深呼吸をしてから、また顔を上げる。


「そんな中出会ったのがシアンさんっす! 偶然、私のいた場所を魔王軍が襲って、その時にシアンさんが来ないかって誘ってくれたっす。嬉しかったっす。居場所が出来た気がして」


「でも、いいのか? 魔王軍を抜けるなんて言っちゃって」


「それは後悔はしてないっす。シアンさんもいないし、また一人にされちまったっすから。それに、」


 そう言うと、ラキノは朗らかな笑顔で俺たちを見つめて、


「まだ数日っすけど、ハヤトさんやアルベルさんといるの、楽しいっすから!」


「……そっか」


 そんなラキノの言葉を、アルベルは黙って聞いていた。

 どう思っているのだろう、この勇者は。

 正しいと思って魔王軍を倒してきた男。俺も、この男が間違っているとは思っていない。しかし、その正しさの反対側に生まれてしまったラキノを、アルベルはどう思うのだろう。


「……早く進むぞ。魔王軍に『女神の心臓』は渡せない」


 ただそれだけ言って、アルベルは進む速度を速めた。




 かなりの広さの工業地区のさらに奥。ガタガタという機械音が常に響く中を歩いていくと、そこはあった。

 ルーシェ曰く、博士の研究所。そして、魔晶石の管理施設がその奥にあるらしい。

 その建物に装飾と呼べるものは一切なかった。

 豆腐をそのまま建物と呼べるほど大きくしたかのような外観。高さはビルなどで考えると五から八階建てで、横は他の建物で遮られて端まで見えないが、かなりの広さだろう。


「ここが研究所か?」


「はい。この奥に『女神の心臓』があるはずです」


 ここまでの道中で魔王軍や魔物に出会うことはなかったが、おそらく魔物たちはこの研究所の中に入ってるだろう。

 ルーシェに案内されるまま研究所の入り口へと向かうと、案の定、破壊されて大きな穴が空いていた。

 その先はエントランスなのだろうが、何もない空間の先にその先へと続く扉が見えた。

 それを見たラキノは、急にぐっと胸の前で拳を握る。


「よぉ~し! 魔王軍を抜けて最初の仕事っす! ここで私が使える龍人ドラゴニュートってところをアピールするっすよ~!」


 ノリノリで先頭を歩き始めるラキノ。

 破壊された扉があった場所を抜けてどんどんと先へと進もうとしているラキノを見て、アルベルが追いかけるように、


「おい、勝手に進むな。これだけの技術の生まれた場所だ。侵入者に対して何かしらの仕掛けがあるかも知れな――」


 ガパンッ! と大きな音が足元から響いた。


「あ、言い忘れていましたが、博士の研究所には防衛用の機械のほかにもトラップがいくつも仕掛けられています。気をつけてください」


 床は両開きの扉のように中心から開き、完全に落とし穴となっていた。

 そして、その床に立っていたのはノリノリだったラキノと、それを追うように入っていったアルベル。

 真っ暗で見えない穴の底を見つめ、そして涙目のラキノは俺たちへを視線を移して、


「そういうことはもっと先に言ってくださいっすぅぅううううう‼」


 闇の中へと真っ逆さまに落ちていくラキノを、同じように落下しているアルベルが宙を泳ぐように移動し、ラキノを捕まえた。

 そして、闇の中へ消えていく直前、アルベルは俺へ叫ぶ。


「先に行け! すぐに追いつく!」


「おう! 怪我すんなよ!」


 俺はぐっと親指を立てて落とし穴で落下していくアルベルを見送った。

 あいつのことだから、別にそこまで心配しなくても大丈夫だろう。というより、これで俺とルーシェで『女神の心臓』を手に入れることが出来れば、アルベルとの争いをする前に魔道書の欠陥を修理できるかもしれない。

 それよりも避けるべきは魔王軍に『女神の心臓』を先に奪われることだ。もし奪われたらアルベルに殺されるかもしれない。あのクソ勇者ならあの程度で死ぬことはないだろうし、機械に襲われてもラキノを守れるだろう。


「ルーシェ。中の構造は分かるか?」


「ええ。ある程度は分かります。この落とし穴は端を歩けば作動しないので、まずはあの扉の先へ行きましょう」


「それにしても、どうしてルーシェはそこまで知ってるんだろうなぁ」


 どう考えても、記憶喪失なのにこれだけの情報があるのは違和感がある。

 どうしてここまで様々なことが分かるのに、自分の名前以外の記憶と呼べるものが何もないのだろうか。

 だが、俺が問いかけてもルーシェの表情は人形のように無機質なままで、


「さあ、なぜなのでしょう」


 彼女はそんなことを言いながら、落とし穴を作動させないようにゆっくりと歩き出した。


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